微睡む太古:01 分業
「伝説の中にも『いくばくかの真は残る』か……」
宿舎に戻って平服に着替え、外した装身具を布で拭き上げながら、シュロがポツリと呟いた。
「戦勝者の正当化とか各氏族の権威付けとかのためのお話、位にしか思ってなかったけれど……」
シャラも飾り帯の埃を丁寧に払いつつ、ナヴェットが広げていた写本に目線をやる。
伝承そのままの出来事があった、はずは勿論ない。他国には他国の物語があるし、国内だって一枚岩ではない。
それでも血の通った誰かたちが、かつて何事かを成したのだろう。現代の自分たちと同じように、ぐちゃぐちゃとした感情を抱えながら。
「物語をなぞっちゃうとむしろ、別の巨木なんて『打ち倒して砕く』が正解になっちゃいそうだけどね」
苦笑いするシャラの言葉に、シュロは複雑そうな面持ちで宙を見る。
空の揺り籠を見たせいで、より体温を伴う想像をするようになってしまった。打ち倒した側が生身の人間なら、同時に打ち倒された側もやはり、生きた人間だったのだよな、と言うことを。
「程よい大きさで、とか……できないのかね」
「出力は絞れるかもだけれど……結局は潜在的な能力があることを周囲がどう思うか、って問題だろうしなあ」
なぜクロツバキやイヌワシがあれほど慎重になるのかと言うと、もしあの位置に環樹が存在すれば、他国の領土内のユラに深く干渉できてしまうからだ。小中規模の祭壇ですら国境付近は揉め事の元になりやすいのに、環樹級なんて論外だ。
「ともあれウチらに出来ることはさ、エラい人たちが何かしら決断できるよう選択肢を集めることだよ」
つまりは先ほどナヴェットが、クロツバキに言っていたことそのままだ。
「まあ、そうだよな」
装身具を光にかざして拭き残しの有無を確認しながら、シュロは息を吐いた。
「選択の責任を負わなくていいのは、下っ端の特権だしな」
そう言ってはいるが、本心から割り切れるような性格の妹ではないことを、シャラはよく知っていた。
***
「何はともあれ、台座の文字を読めれば大きなヒントになるかと思いまして。資料室で古い言語の資料を探したのですよね」
翌日、ナヴェットは朝からシュロと共に、貸し与えられた研究用の個室にこもっていた。半日分の調査結果を、昼休憩がてら宿舎でシャラに共有する。
「たぶんこれだという言語を見つけたのですが、どうも文法レベルでかなり差異があるようで辞書だけでは太刀打ちできず……」
「それはだいぶ難儀しそうですねえ」
相槌を打ちながらも、シャラの目は己の端末を見つめたままであり、指は忙しそうに動き続けている。
「あ……すいません、共有は後にしましょうか?」
「あいえ、ちゃんと聞いておりますので、良ければそのまま。こちらこそ失礼な態度で申し訳ありません」
「莫大に事務仕事が増える」と言う予想は悲しいほどに的中した。
シャラは今、ナヴェットと出会ってから今までの道のりを「奨学生候補の選考過程報告」として改竄・整形する作業に追われている。
作成・提出の指示を受けた時、シュロに向かい「ね? いつも報告書を作っておいて良かったでしょ?」と焦点の定まらない目で笑っていた。
「大丈夫ですよナヴェット様、シャラはああ見えてちゃんと聞いてますから。目は虚ろですけど」
「でもそれは脳への負荷が高すぎるのでは……」
「たぶんもう少しすると、ハイな感じで生き生きしだすので」
「限界を超えたときの症状ですよねそれ」
ひとつも「大丈夫」ではなさそうだ。
「存在しない選考過程の、評価基準や選抜行程を逆算でひねり出して辻褄合わせろって! 相変わらず丸投げがヒドすぎる!!」
案の定、シャラが火を噴き始めた。傍らに置いていたマグから深煎り豆のドリップを一気に呷る。
「さすがに他の架空の落選候補者まで生み出せとは言われないよなぁ!? 言われないよねぇ!?」
「いやウチに訊かれても……」
身を乗り出して見つめられ、シュロは気圧されてのけぞる。
「締切いつなん?」
「ハッキリとは言われてない、でも現地調査に戻る前には終わらせないと」
「少しは固形物を胃に入れましょうね……」
げっそりした表情のシャラに、ナヴェットは食堂で注いでもらっていた具沢山スープのマグを差し出した。
「ナヴェット様…… 私たちは一体どうやって出会ったのでしょうね……」
素直にスープに口をつけながら、シャラは悲壮に笑った。
「と言う感じでシャラはしばらく使い物にならなさそうなので、調査のお手伝いは私が頑張ります」
昼休憩を早々に切り上げ、ナヴェットとシュロは研究室に戻った。
「一応確認なのですけど、むしろシャラの仕事は手伝わなくて良いのですか?」
「私に出来ることがあるなら、もうシャラがそう言っているでしょう」
シュロはしれっとしたものだ。
「ああいう類の作業のときは、シャラはむしろ自分で全部コントロールできる方が楽なんです」
ナヴェットが疑惑の目で見ているのに気づいて、シュロが付け足した。
「同じ作業を手伝おうとするより、他の懸念事項とか身の回りのこととかを綺麗に片づけておく方が喜びます」
「共同作業よりも、分業による協力を好むと言うことですか」
ナヴェットの言葉にシュロがうなずく。
「あんなに会話が上手なのに『協調性がない』と評価される由縁の一つですかねえ」
クロツバキの言葉を思い返しているナヴェットに、シュロは少し不満そうな顔を見せた。
「それって悪いことでしょうか?」
「期待される役割によるのでしょうね。私は、悪いとは思いませんよ」
そんなシュロを微笑ましく思いながら、ナヴェットがなだめる。
「言語の調査も進めつつ、いったん持ち帰った水晶のサンプルを分析してみましょうか」




