花咲く揺り籠:04 仮説
「しかし、然程に見通せしヌシらにも、遺跡の交信糸口は見えなんだ、と?」
クロツバキがようやく真面目な顔に戻る。
「既に流れがあるからこそ、糸口もつかめるのです」
「遺跡には流れと呼べるようなものがありませんでした」
クロツバキが諦めてくれた様子に、二人は腹の底から安堵しながら答えた。
「あの無秩序な流体水晶を何とかできたら、もう少し視えるものもありそうなのですが」
「然程の量であったか」
ふぅむ、とクロツバキがまた考え込む。
「今まで発見されなんだは、何故であろうな」
「確かに。あの量であれば、周囲に漏れ出し堆積していてもおかしくありません」
クロツバキの疑問に、ナヴェットも考え込む。
実際に、温泉と言う形で水の流れはあったのだ。多少は削れて流れ出すのが自然だ。
「そうですね、いくら地中に埋まっていると言っても、あの量であれば付近の調揺に影響が出そうなものです」
シャラも疑問を口にする。
「左様な報告を受けし覚えはないな」
「となると、今回動き出す前はどのような状態だったのでしょう」
シュロは目を閉じて、想像を巡らせている様子だ。
「少なくとも上部の土壌を見る限り、あの樹は短期間で急成長をした様子がありました。つまり、元はもっと小さくまとまっていた可能性が高いです」
ナヴェットも拳を顎に当てて可能性を検討する。
「ユラに共鳴する振動を起こさなかった状態…… 揺らがぬほど密度高く固まった状態だった? 何かしら遮断する物質があった? それとも極度の低温とか?」
「その全てやもしれぬな」
クロツバキはまたポロポロと縦糸を弾き始めた。考え事をするときの癖なのかもしれない。
「もしそれを再現するとして、できるものでしょうか」
「遮断する物質、はちょっと想像がつかないとして、固める方はまず物理的に寄せ集める必要がありますよね」
シャラは難しそうな顔をする。
「低温を作る、もかなり繊細な操作が必要になります。熱するのは簡単なのですが」
シュロも浮かない顔だ。ナヴェットからすれば、できないと言わないだけで大したものだが。
「時経れば、環樹自身がいずれ吸い上げるであろうが」
「そう、本来は環樹の内部で循環するものなのです。樹液や果実の形で外に漏れ出すのはそのほんの一部にすぎませんし、もし人の手がなければそれもまた根から吸い上げられます」
ナヴェットはまた思考の海に潜っている。
「なのになぜ根元にあれほど溢れているのか」
「循環を目的とせし存在ではない、と考えるが妥当か」
「なるほど、そのとおりです」
クロツバキの言葉にナヴェットが目線を上げた。
「お二人が仰る『異常に均質な波』というのも、どちらかと言うと滞留や固定を連想させますね」
「そうですね、変化を拒絶するようなイメージは近そうです」
シャラの相槌に、シュロもうなずく。
「あの環樹……と呼ぶのがふさわしいかは置いておいて、何かを留め置く目的で存在していた、しかし事故でそれが破れた。という仮説で調査を進めてみましょうか」
「その仮説が合っていたとして、ですが」
ナヴェットの思考に一区切りがついた様子を見て、シャラが質問をする。
「祭壇としての稼働状態を目指すか、完全な沈黙状態を目指すか、という話を以前しておられましたが、どちらも可能なのでしょうか」
「稼働を目指す場合は」
ナヴェットは宙を見て少し言葉を探す。
「抽象的にはなりますが、今宿している『目的』を昇華させてから、次の存在意義として調揺を植え付ける、を目指すのですが」
なるほど抽象的だ。
「植え付ける、とは?」
シュロも疑問の表情を浮かべている。
「環樹型であれば、文字通りです。既に調揺の祭壇として意義を果たしている環樹の一部を、接ぎ足すことで叶うでしょう」
「つまり中央祭壇の環樹の一部を移植するということですか」
シャラの言葉にナヴェットがうなずく。
「しかし別の『目的』が強い状態で移植しても拒絶されるか、最悪の場合は――暴走が起こります。なのでまずは、現在の目的を把握する必要があります」
「暴走」の言葉に、シャラの表情が硬くなる。
「案ずるでない。彼の様な規模のことは起こらぬよ」
シャラが何を思い浮かべているかを察し、クロツバキがいつになく優しい声でなだめた。
「逆に沈黙状態を目指す場合ですが、今の想像通りだとすると、『以前の状態に戻す』はあまり現実的ではなさそうです。孵ってしまった卵を戻そうとするようなものでしょう」
ナヴェットは少し間を置いた後、ためらいがちに続ける。
「沈黙を目指すのは、枯死させる方法の模索に近いかと」
シャラとシュロは息を呑む。
揺り籠に残された文字を見た今、それは一層にひどく惨い行いのように感じられた。
「この方とて、左様な択を選びとうはない」
クロツバキが険しい表情で口を開く。
「しかし、それが世の火種とならば本末転倒。慎重に道を探らねばならぬ」
「より良いご判断の材料をご提供できるよう、引き続き努めます」
改めて恭しく礼をするナヴェットに、シャラとシュロも続いた。




