花咲く揺り籠:03 惜別の辞
「手書き?のような筆跡ですね」
ナヴェットが軽く背伸びをしながら繭玉の奥を覗き込む。
「刺繍の方に比べて、かなり口語的な文体のような……」
筆跡からして、恐らく書き手は複数だ。少し癖のある文字を二人で読み解いていく。
徐々に浮かび上がる、それぞれの筆跡が語るものは——眠る者への感謝、惜別、哀悼。
そういった、個人の内心を吐露するような言葉たちだった。
「これはもしかして……」
おとぎ話と思っていたものが唐突に生々しい手触りで迫ってきたようで、シュロは空恐ろしい心持を覚えた。
「長き時を経し物語は、枝葉切り落とされ形変えられ、さらに色を盛らるるものである」
シュロの心の内を見透かしたように、クロツバキが静かな声で語る。
「何が真なるかを今知るは容易くないが……いくばくかは真を残すのであろうな」
それを見た後だと、今目に映る光景の意味が先ほどまでとは変わって見えた。
この幻想的な景色は、残った者達が意図を持って整えたのではないか。せめてその地に安らぎと彩りがあるように、と。
「シャラ。たぶん、見ておいた方が良いです」
ナヴェットが離れた場所で測量中だったシャラを呼び寄せる。
示された繭の内側をシャラも覗き込んで、その文字を読み——しばし黙って目を閉じた。
その間にナヴェットは、厳粛な思いを抱きつつ丁寧に文字を書き写す。シャラが読み終わったのを見計らい、シュロが恭しい手つきで敷布を元に戻した。
トゥラララララ
区切りを付けるように、クロツバキが縦糸を掻き鳴らした。
「さて、時は限られおる」
クロツバキは三人の顔を改めて見回す。
「ヌシらが見し巨樹の根元は、異なる様相であったか」
「全く異なりました。根に囲まれた空間、という点自体は同じですが、環樹以外に生命らしきものは何一つありませんでした」
「ユラの様子も異質でしたよ。濃密で高度に活性化してはいるのですが、もはや揺らいでいると呼べないほどに均質な波で、最初は酔ってしまった程です」
「それでいながら空洞内は流体水晶が溢れかえり、無秩序に共鳴するもので目が眩みました」
三人それぞれの報告を、クロツバキは思案しながら聞いているようだった。
「交信は試みたと申したな」
問われてシャラとシュロは少し自信なさげな顔をする。
「ほんのさわりだけですが……」
「流体水晶の乱反射で反応がよく見えませんでした」
「無反応、と言うことはなかったかと思いますが」
ふむ、とクロツバキは少し考え込む。
「比べてみるか?」
意図を理解できず、シャラとシュロは首を傾げる。
「この場にて、ヌシらで同じように交信を試みぬか?と勧めておる」
噛み砕いて再度問われた内容に、二人は動転した。
「滅相もない!」
「あまりに畏れ多くございます!」
その反応を予想していたようにクロツバキは笑う。
「案ずるでない。『血筋』を要す祭儀があるは確かであるが、それのみではない。一般祭儀も行えば通る」
生体認証に挑んでみせろ、と言われているわけではなさそうだが。
「良い機会である。『沙羅』と『棕櫚』として積みし研鑽、この方に示すが良い」
抜き打ち保護者面談の次は、抜き打ち実技査定だと!?
シャラとシュロは震え上がった。
「お二人の調揺はとても美しいのですよ。クロツバキ様は初めてご覧になるのですか?」
「ご覧の機会があったわけないじゃないですか!」
「煽らないでくださいナヴェット様!!」
ナヴェットはあくまでも無邪気で、これはこれで始末が悪い。
「ナヴェット殿は既にご覧か、それは楽しみであるな。祭具が要らば貸すが?」
しかしクロツバキの方は明らかに面白半分だ。
「いえあの……この空間で生半可なことをすると、何が起こるか……」
周囲を見回し冷や汗を流しながら、シャラは辞退の道を必死に探す。
「流れの量も緻密さも、尋常ではありません」
シュロにいたっては脂汗と言って差し支えないだろう。
「試みずとも分かるか」
クロツバキは少しつまらなさそうに鼻で息を吐いたかと思うと、すぐにまた目を細める。
「つまり『起こす』自信はある、と申すのであるな」
「あ……いやそう言う意味では……」
二人はさらに汗を流しながら、小さく身を縮める。
「この場で遜る必要はなかろう。遺跡との差異の検証である」
嘘だ、絶対に面白がっている。と思いつつ、仕方ないのでシャラは口を開く。
「洞の祭壇で執り行うものと基本自体は同じですよね、規模は桁違いですが。糸口そのものは視えます」
「しかし日々の祭儀で既に流れが完成されています。別のものを差し込めば、乱れにしかなりません」
「何も成さぬままに、さほどまで見通すか」
クロツバキは今度こそ面白くなさそうな顔をした。
供たちに助けられ、巫女と巨木の化身は、次々と御霊の名を糸に封じた。
名を封じられた御霊はその姿を塵に変え、理の波に還った。
世界に残る御霊が己のみとなったのを見届けて、巨木の化身は自ら眠りについた。
残った巨木は物言わぬまま、ただ人々の安寧のため、波を巡らせた。
世界は穏やかに揺らぎ、新たな芽吹きを見守った。
~大樹の叙事詩より~ https://ncode.syosetu.com/n0363mp/68/




