花咲く揺り籠:02 蜂蜜酒
「これもしかして磁力で動いているのですか!?」
ナヴェットが驚きの声を上げる。
扉の先は、さぞかし長い階段を歩くのだろうと予想していた。しかし目の前に現れたのは、レール軌道の上に乗る御輿のような座席だった。
促されるままに三人が腰掛けるとクロツバキが軽く手を振り、滑るように御輿が動き出して一行を驚かせた。
「軌道の枕木が、流体水晶になってる……」
シャラもこんな構造は予想していなかった。
流体水晶が豊富に採掘できるこの場所だからできることだろう。他の場所ではメンテナンスに手間とコストがかかりすぎる。
「首座は老齢まで務むる方が多い故な。さすがに脚のみでは無理があろう」
確かに、深層部もそうだが上空の居住区も、階段のみでは日常の移動に苦労が大きすぎるかもしれない。
「しかしヌシら、だいぶ面立ちが異なるな? 驚かされたわ」
侍従たちがいなくなった途端、クロツバキは遠慮なく楽しげな表情を顔に浮かべた。
「こちの麗人がソニよな? ほんに如何なる装いも似合うのう」
「その名はおやめください。先ほどは人前なのに顔に出ておられましたよ」
シャラは憮然とした表情で抗議する。
「いや見事な技であると思うてな。チドリもまあなんと凛々しいこと。“ヨタ”あたりが教えたか」
「ご想像にお任せいたします」
シュロも顔をそむけてそっけない返事をする。
先ほどとは打って変わった鬱陶しい絡みっぷりに、ナヴェットも思わず吹き出した。
「それよりも、先ほどいらした方達は先日のご訪問にお連れではありませんでしたよね?」
この出向で、以前なら縁がなかったクロツバキの側近たちと顔を合わせる機会が増えそうなことが、シャラは少々気がかりだった。
「うむ、此度の『慈善団体』に関わるは、事務や経理に長けし者達である。私事の際に連るる者とは異なるよ」
その返答に、二人はひとまず胸をなで下ろす。
「隠し事の多い生き様は苦労が多いのう」
「クロツバキ様には言われたくありません」
迷惑そうな顔を隠しもしない二人を、ナヴェットが微笑ましげな顔で眺めていた。
軌道が走るのはトンネルのように上下左右が覆われた空間だったが、あるとき唐突に視界が開けた。そこは、天井から四方に伸びる根に覆われたドーム型の空間だった。
「あの山の遺跡と、構造自体は似ていますが」
周囲を見回し、ナヴェットが圧倒された様子で声を漏らす。
「光景が全然違います」
「生命があります」
シャラもシュロも唖然としている。
そこは、まるで箱庭の森だった。泉から流れる小川があり、底は下草や苔に覆われ、一部には低木も育っている。
御輿はそのドームの壁面に沿ってぐるりと周り、床に接する直前で静かに止まった。
「花びら? いや蝶が飛んでる……?」
降りたシャラが手をそっと手を伸ばすと、触れられそうに見えたそれは指先をすり抜けた。満ちるユラが特殊な反応をしているのか、ひらひらと幻影のような光が辺りに舞っている。
「地面のこれ、花かと思ったら鉱石です!」
「でも柔らかい……色付きの水晶でしょうか。珍しい」
ナヴェットとシュロが、身を屈めて地面を観察している。
「この泉も小川も、よく見ると水じゃない。流体水晶です」
シャラも足下に手を伸ばして、その反応を確かめた。
「でも草や灌木は普通の植物のようですね。恐らく虫も」
「ヌシら。まずは献杯である」
夢と現が混じり合うような光景に、思わず当初の目的を忘れそうになっていたナヴェットをクロツバキ声が引き戻した。
箱庭の一画、ちょうど木の根が頭上でまとまる地点。
ここではそこに、半分に割った繭玉のようなものが天井の根から吊され、周囲を天幕に覆われていた。
「あれは吊り棚……ですか?」
「言い伝えでは全ての旅の終わりに、巨木の化身は繭の揺り籠に横たわり眠られたとされおる」
ナヴェットの質問に答えながら、クロツバキはその天幕の前で膝を着く。
三人も同様に後ろで並んで跪いだ。
腰に下げていた大きな杯に、クロツバキは持参した蜂蜜酒を注ぐ。
軽く杯を掲げる仕草をした後、その中身を一口飲み、背後のナヴェットに杯を回した。ナヴェットもその仕草に倣い、順にシャラ、シュロと杯が回される。
シュロが姿勢を低くして杯をクロツバキの前に戻すと、クロツバキは改めて杯を頭上に掲げ、「献杯」とだけ述べてしばらく黙祷した。天幕の中が、蜂蜜酒の甘く華やかな香りで満たされる。
「ヌシらが見た巨樹の根元は、台座らしき物のみ在りと申したな」
黙祷を終えたクロツバキが立ち上がる。
「はい、全体の構造からすると、まさにこの天幕の位置です」
ナヴェットが頭上の木の根を見上げながら答える。
「ヌシらには見えおるな? この内を巡るユラの真芯はこの地点である」
クロツバキから問われ、シャラとシュロがうなずいた。
「全体の構造が相似であるなら、同じ位置には似た役割のものがある可能性が高いですよね。繭玉が今でも凝集点として必要なのか、繭玉を守っているのか……」
ナヴェットは口元に拳を当てて考え込む。
「無論、今日揺り籠の中は空である」
クロツバキが天幕の中に足を踏み入れ、繭玉の中を指し示した。大きさとしては、普通に大人が一人横になれそうなサイズだろうか。
「内に敷く絹織物は決められし年ごとに新たにするが、揺り籠は建国来『朽ちたことなし』と言われおる」
「建国期からですか」
ナヴェットの顔に、抑えきれない好奇心が浮かび始める。
「望まば触れて構わぬぞ。やすやす損なわるる物ならば、朽ちぬなぞと言われておらぬ」
クロツバキの声に、ナヴェットの顔がパっと明るくなった。
「スケッチを残しても?」
「構わぬ。端末による映像記録は控えるが良い」
クロツバキの許可を得て、遺跡と同様にシュロがスケッチを残すことにした。
その間、シャラはやはり遺跡と同じように全体の見取り図を作成する。
「絹糸のように細い繊維の塊ではあるようですが、恐らく現代の素材ではありませんね」
「内側は滑らかです。各地の祭壇の構成物質と似たものでしょうか」
クロツバキは三人の様子を見守りながらも手遊びのように、繭玉を囲む縦糸をポロンポロンと爪弾く。
天幕だと思っていたものは、よく見ると天井と底面の間に張られた無数の糸だった。まるで琴のように、クロツバキの指に合わせて優しい音が鳴る。
「そう言えば絵本の中の巫女は、竪琴を持っていましたね」
「少し詳しい物語だと、機織り機を作り替えたものだと語られています」
シュロの目には、クロツバキが音を生むたびに小さな花火のようにユラが弾け、繭玉に共鳴する様子が視えた。
「敷布の縁取りの刺繍は、文字のようですが」
「手に取り広げて構わぬぞ」
ナヴェットに目でねだられ、シュロは敷布を手に取り大きく広げる。
「この地域の古典語ですよね」
「祭儀で一般的に使われる言語です。巨木を讃え、この地の安寧と繁栄を願う詩のようです」
ナヴェットがシュロのスケッチ道具を使い、その詩を注意深く書き写した。
「あれ。繭の内側にも何か書かれています」
織物を丁寧に畳み直し、元通りに敷こうとしたシュロが、そこに文字が彫られていることに気づいた。




