花咲く揺り籠:01 回廊
「まさか中央祭壇の深層部をこの目で見る日が来ようとは……」
ゲスト用宿舎で祭服を身に着けながら、シャラが感慨深げに呟く。
「花形?なら祭儀に参加すると仰ってませんでした?」
「花形コースに乗るような予定がありませんでしたもので」
ナヴェットの問いに、同じく身支度中のシュロが淡々と答える。
しかしその目は期待に輝いているので、祭壇そのものには興味があったのだろう。
桑園でシャラとリンドウが会話した当日、首都滞在中の拠点にと庁内宿舎の利用許可が降りたため、三人は市街地の宿から移動していた。
そして意外なことに、翌日には中央祭壇の地下見学に招かれた。他の施設はともかく祭壇は時間がかかるだろうと予想していたが、奇跡的に隙間が重なったらしい。
祭服でとの指定があったので、二人は久々に一式を身に纏った。
祭壇周辺なら、祭服で出歩いても人目を引きすぎることはない。
「やはりお二人は祭服が似合いますね」
ニコニコとその様子を眺めているナヴェットも、旅中で着ていた服ではなく出合った際と同じ一式にしている。
「ここが洞の祭壇です」
せっかくなので、事前にナヴェットに地上部を案内することにした。
「環樹の洞が祭壇になっているのですか。雄大ですね」
ナヴェットは感嘆の息を吐きながら見上げている。
環樹はその幹が地中から伸びる地点に、ちょっとした聖堂が収まるようなサイズの巨大な洞が出来ている。その奥が祭壇として機能しているのだ。
「この通り地上部分は広場となっていて、一般に開放されております」
「誰でも奉納することができます」
広場は憩いの場所兼観光スポットにもなっており、今も訪れる人で賑わっている。
「上の回廊は登れないのですか?」
洞の上部から幹に沿うように敷かれている回廊を指さしてナヴェットが問う。
「あそこはこの広場からはアクセスできません。国の式典などで使われる上部の祭殿とつながっています」
「中央のバルコニー部分が演説などに使われます」
もちろん行政府の職員として、シャラもシュロもその光景を下から見上げたことは何度もあった。
「あのバルコニーの奥、ここからは見えない位置に公式行事用の祭殿があります。季節の祭儀や、重要な婚儀・葬儀などでも使われます」
「立ち入れる機会は非常に限定されますが、首座一族にしか扱えぬ祭壇というわけではありません」
「なるほど。地上部はどちらかと言うと、人や組織のための祭壇ということですね」
ナヴェットが納得した顔でうなずいている。
「仰る通りです。もちろん一般の祭壇のようにユラと共鳴するものではありますが、国土全体に影響を及ぼすような役割ではありません」
「その核心部は、以前に申しました通り地下の深い地点にあるとされています」
果たして自分たちはそこで何を見るのだろうか。またシャラの胸の内では微かな恐れがうずいていたが、今回は純粋な好奇心による期待もまた大きかった。
指定された時間になって、クロツバキの使者と落ち合い案内された先は、関係者以外立ち入り禁止の区画にある、厳重に警備された鐘楼のような建物だった。
中に入ると巨大な吹き抜け広間になっており、目立つものは何もない。ただ正面の奥は巨大で重厚な扉が閉ざされており、その先への侵入を拒んでいる。
「お待たせしたか」
突如背後の入口が開き、数名の侍従と近衛を連れてクロツバキが現れた。
シャラとシュロはさっと顔を伏せる。礼儀としての体だが、もしあの別邸に来ていた人員がいるなら間近で顔を見られたくない。
「このたびは身に余る恩恵を賜りまして、恐悦の至りにございます」
ナヴェットが深々と頭を下げた。今日は「奨学生」の認定を受けて初の顔合わせ、という名目も兼ねられている。
「ようこそ参られた。斯様に才ある者迎えること叶い、嬉しく思う」
あの庭園で見せたような表情は全く覗かせず、クロツバキは威厳ある態度を崩さない。
「その方が大いに学び育つことが、この方の、ひいてはこの国の喜びである。励むが良い」
「ご期待に応えられるよう尽くします」
恭しくナヴェットが一礼する。
「その方を支え援ける者として、鎮樹庁より二名の官をお預けいただいた。既に馴染みであろうが、引き続き頼るが良い」
紹介されては仕方ない、二人とも諦めて顔を上げた。
「本日より、クロツバキ様の元で勤めることとなりました、沙羅です」
「同じく棕櫚です」
「ナヴェット様の学びが豊かになるよう、改めて尽力いたします」
二人の上げた顔を見て、クロツバキの表情が一瞬崩れた。この化粧で会うのが初めてだからだろう。
怪訝そうな顔、そして愉快そうな笑みがちらりと表れ、シャラは内心で焦る。しかし後ろの侍従たちには見えていない角度だ、大丈夫なはずだ。
反応を見る限り、二人の顔を見て疑念を抱いている者もいなさそうで、とりあえずシャラは安堵する。
「さて。此度は根源祭壇をご覧に入れる」
クロツバキが奥の扉に向かって歩みを進め、皆が後に続く。
「此れなる扉の奥が、上層部および深層部をつなぐ螺旋回廊である。上に昇らば、叔母上やこの方が住まう域に着く」
クロツバキの説明を聞いてぼんやりとシャラは思い出す。
たぶんすごく幼い頃、そこを訪れたことがあるような気がする。今思えば、当時の大人たちが自分とシュロの処遇を決めあぐねていた頃だろう。
「逆に下に潜りしその先が、根源祭壇である」
ナヴェットが軽くつばを飲み込んだ。
「この方が案内する。皆の者はこの場で待機を」
侍従たちに命じた上で、クロツバキは扉の中央に手をかざす。
扉はその重厚な見た目からは想像もつかない軽やかさで四方に収納され、その先に空間が表れ現れた。
「類い希なる機会である。各々、糧にするが良い」
厳かに言い渡しながら、クロツバキは扉の先へ足を踏み入れた。




