合わせる口裏:03 辞令
「と、言うわけで! 私とシュロ君に公式に辞令が下りまーす!! 宙ぶらりん状態を脱出でーす!!」
「おおおお」
「よく分かりませんが良かったですね!」
宿に帰ったシャラの報告を聞き、三人はいつものマグを打ち合わせて乾杯した。
「えー期間限定の出向と言う形で、クロツバキ様が私費で設立する『慈善団体』の職員扱いだそうでーす」
片手でドリップの香りを楽しみながら、シャラが端末で書類を確認する。
「慈善団体ですか」
お茶請けにとシャラが買って帰った焼き菓子を、ナヴェットはサクサク食べている。
「団体の設立趣旨は『孤児院や困難な家庭環境の子女から見込みある者を発掘し、多様な機会を与え登用を前提に育成する』と言うもので」
「なんと立派な志」
「その栄えある第一号に選ばれたのが、ナヴェット様でーす」
「私が発掘されたのですか!? どこから!?」
驚きすぎて、ナヴェットの口元から軽く菓子のカスが飛んだ。
「どこ出身という体にするかは、今必死に誰かが工作しているかと。ともあれクロツバキ様により様々な経験・機会を授けられる、破格の奨学生となりました」
「なるほど、色々な許可を出すのにちょうど良いわけですね」
相変わらずナヴェットは察しが良い。
「で、私たち二人が日常生活のサポートおよび実地研修の担当者、と言う枠組みとなります」
「形式上はこっちが教える立場になるん?」
恐れ多いと言わんばかりのシュロが手にする茶からは、やけに良い薔薇の香りが薫っている。「栓開けたのは置いていっても悪いしな」と東屋からそっと持ち帰っていたあのリキュールだろう。
「沙羅教官と棕櫚教官ですか」
「いやいやいや勘弁してください」
ナヴェットが楽しそうに笑い、シュロがブンブンと首を横に振る。
結局のところリンドウは、クロツバキの無茶振りに対し特急でこの辞令の準備をしていたのだ。しかし本当にそれを発令するかべきか否か、最後まで迷っていたのだろう。
「よくこの数日でそこまで話がまとまりましたね」
「なんでも元々、水面下で動いていた構想ではあるらしいですよ。それの形を変えて急遽表に出したのだと」
「それだと第一号がナヴェット様って、壁が高すぎん? 第二号以降続くのか」
シュロが気遣わしげな顔をする。
「あくまでも実験段階って建前らしいから、本運用に当たっては要件緩和とかされるんじゃない?」
そのあたりはクロツバキの側近たちが頑張るのだろう。
「ならいいけど。出向ってことは、籍は鎮樹庁のままか」
シャラの端末を横からシュロがのぞき込む。
「待遇は?」
「給与等に変動はありませーん……」
「世知辛ぁ……」
「むしろ、この職務だと情報収集業務を交際費で計上は難しいでーす」
「実質的に減給じゃねぇか!!」
シュロの悲壮な声をシャラは聞き流す。交際費を福利厚生の一部だと思っているようなヤツがおかしいだけだ。
「直接の上司は、出向先ではクロツバキ様、出向元ではリンドウ長官と言うことになります……」
「絶対に実務一切やらん二人だ」
「たぶん私の事務仕事が莫大に増えまーす……」
俯いて焼き菓子をモソモソかじるシャラと、目を反らすシュロ。
「ご、ご苦労をおかけします……」
ナヴェットには具体的な内容のイメージが湧かないが、二人の表情から雰囲気は察した。
「ま、まあこれで、ここしばらくの謎の不在が『候補生の試験的研修中だった』と言うことで遡及的に言い訳がついたわけです。連絡不手際は、部長や課長の責任扱いで」
「そこだけは良かった」
気を取り直したように、シュロがまた茶を一口飲む。
遺跡の調査チームにナヴェットの顔を見られたことが、これならプラスに働くだろう。
「どちらにせよシワ寄せ食ってるヤツはいるだろうけどな。引継とか何もしてないし」
「ウチらは単発案件ばかりだったから引継なんて大したものじゃないよ。誰よりもマメに報告書残してきたんだから、あとは課長たちで何とかしてくれって話だよ」
シュロは少し気がかりそうな様子だが、シャラはばっさりと切り捨てる。しかしそれでいながら、ツっと視線を下に落とした。
「問題があるとしたらむしろ……ナヴェット様がこの国で就学・就業することが無い以上、これは失敗が約束されたプロジェクトだってことかな……」
「そこはちょっと……私としては何とも言い難く……」
「え、完了後のマイナス査定確定ってこと?」
愕然とした顔のシュロの口の端から、茶が一筋垂れた。
数日で作った虚構にしてはなかなかの出来だとは思うが、畳み方をこれから考える必要がある。下手をすると、本来恩恵を受けられるはずだったまだ見ぬ第二世代(以降)の道を閉ざしかねない。
「何故だ……何故まじめに働くほど、待遇が悪くなるんだ……」
シュロは机に突っ伏してしまった。
「私から制度のことについては口出ししづらいのですが……クロツバキ様にお話する機会がありましたら、私からも口添えしておきます……」
「「是非よろしくお願いします」」
二人はナヴェットの手を縋るように握りしめた。




