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揺らぐ世界の渡り方 ~冒険?いえ出張です。「見えすぎる」公務員兄妹は世界の真実に目をつむる~  作者: 春科シオン
第五章 案内人は虚構を御し道をつなぐ

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合わせる口裏:02 蚕室

「貴官らが見つけたと言う『真なる原因』が何なのか、私は黒椿様から聞いていない」

それは意外だ。

シャラは前を歩く小さな、しかし背筋の伸びた後ろ姿を見つめる。


「黒椿様は、少なくとも今私が知る必要はないと判断された様子だ。それであれば、私も知ろうとは思わない」

自分から聞き出そうという腹ではないようで、シャラは安堵する。


最初にリンドウが言った通り、だんだんと作業者が増えてきた。人が近くを通り過ぎるときは、二人は黙ってやり過ごす。


「ここに広げればいいですか?」

蚕室に着いたシャラはリンドウに指示を仰ぎ、うなずいたのを見てカゴの中身を台に空けた。


風通しが悪くならないよう、枝を平らに均して広げる。

少し朝露がついていたので、傍らに用意されていた麻布を葉の上に広げ、軽くおさえる要領で水分を拭いた。


「経験があるようだな。犬鷲殿もお屋敷で、蚕を育てておられたか」

ちょうどよさそうな枝を選んで蚕に与えながら、リンドウが訊く。


「こんな大規模ではありませんでしたけどね、あそこは本城ではありませんし。でもこの時期はよく、使用人の家族も総出で手伝っていました」

同じく与える枝を選びながらも、リンドウが何故そんな話をするのか分からず、シャラは慎重に答える。


しばらく、蚕が葉を食むサワサワとした音を二人で聞いていた。


「私はこの音を聞くのが好きなんだ」

「……気が合いますね。私も嫌いではありません」

ますますリンドウの考えが分からない。


「私は首座や犬鷲殿たちとは違い、所詮は官僚の一形態に過ぎない。数年すれば、他の者にこの役は変わる」

唐突に話題が変わった。

確かにリンドウは、家柄ではなく実力で上り詰めた叩き上げだと言う噂だ。


「だから黒椿様は、私に今知る必要はないと……要は、知らぬ方が良い、と仰ったのだろう」

先ほどの話の続きのようだ。


「しかし、調揺にまつわる事柄でありながら鎮樹庁の長が『知らぬ方が良い』話など、並大抵の機密ではないはずなのだ」

リンドウは桑の葉で覆われた蚕を見つめたまま語る。


「黒椿様は、今後も貴官らを客人の支援にと仰せだ。それを呑めば貴官らは、『知らぬ方が良い』機密を否が応でも知ることになるのだろうな」


もしかしてこれは?

自分たちを案じてくれているのか?

シャラは困惑を抱えてリンドウを見つめる。


「ここは他の者に任せよう。もう一往復、頼めるか」

蚕室に他の作業者が入ってきたのを見て、リンドウはまた桑園へ向かった。




「代わりましょう」

他の作業者と距離をとって木を選び、今度はシャラが梯子に登る。


「人それぞれに、抱えられる秘密の器は異なる。過ぎた秘密は、心を蝕む」

リンドウは地上で枝を拾いながら、先ほどの話を続けた。

「貴官らをその器が大きいと見込み、この案件に推薦したのは私だ」

本当にいつ何を見てそう思ったのか、シャラは気になったが訊けなかった。


「しかし私が想定していたのは、黒椿様の元へ客人を案内するまでの話だ。この先は……想定外だ」

シャラの落とした枝を、リンドウがカゴに詰めていく。


「貴官らは……まあ問題も色々あるとは耳にするし、使いどころが難しいものの……余人をもって代え難い人材だと認識している。むざむざ見通せもしない道に送るのは、組織を預かる者として気が引ける」

「身に余るご評価です。恐れ入ります」

かなり含みがあるが、それにしてもこんな話になるとは。


「まあそれはこちらの問題だから聞き流すといい。いずれにせよ貴官らはまだ若く、願えば選べる未来も多いはずだ。それなのに客人が望み、黒椿様が推薦なさっては、本人たちから断るのは難しいだろうと思ってな」


なるほど。リンドウが何のためにこの話をしていたのか、ようやく腑に落ちた。


「本人たちと直接話をして、意向を聞きたかった。本当は妹御ともと思っていたが」

「竜胆長官にそんな風に言っていただけるとは。困ってしまいますね」

枝を切る手を止めないまま、シャラは苦笑する。


「もしこれで人生が取り返しのつかない事態になったら、任命した長官を恨んで生きる糧にしようと思っていたのに。これでは恨みづらいではありませんか」

「貴官らの生きる糧を賄うには、私の老い先は短すぎるだろうよ」

リンドウはいたって真顔のままだ。


「いつだって選択は自己責任と言うわけだ。なかなか世間は甘やかしてくれませんねえ」

シャラは少し遠い枝へ腕を伸ばして切り落とした。


「我らの行く末を案じてくださること、感謝申し上げます。そういう方がいてくださる自分たちを幸運に思います」


ふと下を見ると、切るペースが速すぎたかもしれない。シャラはいったん梯子を降り、遠くに落ちた枝をカゴ付近に集めた。


「しかし誰かがやらねばならぬことですし、私たち以上に適性がある『誰か』なんて長官も思いついていないのでしょう?」

リンドウがカゴに詰めやすいようしゃがんで枝を手渡しながら、シャラは目を見つめて笑った。


「……自信家だな」

相変わらず表情は乏しいが、たぶん少し笑ったと思われる。


「せめて自信くらい持たないとやってられませんよ」

ある程度地面が片づいたところで、シャラは立ち上がった。


「でもどうか知っていてください。私も妹も、調揺が好きでこの職を目指したのです」

また位置を少しずらして梯子をかける。

「客人の手伝いが終わった後も、許されるならまた特命調揺官を続けたいと思っています。だから」

かけた梯子に再び登ってから、シャラは改めてリンドウを見つめた。


「部長や課長に任せず、無断欠勤扱いされない『理由』を長官自らちゃんとでっち上げてください」

結局のところ一番言いたいのはそれに尽きる。


「承知した。私がこの役目にある限り、貴官らの帰る席を守ろう」

ようやくリンドウの口角が、目に見えて持ち上がった。

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