合わせる口裏:02 蚕室
「貴官らが見つけたと言う『真なる原因』が何なのか、私は黒椿様から聞いていない」
それは意外だ。
シャラは前を歩く小さな、しかし背筋の伸びた後ろ姿を見つめる。
「黒椿様は、少なくとも今私が知る必要はないと判断された様子だ。それであれば、私も知ろうとは思わない」
自分から聞き出そうという腹ではないようで、シャラは安堵する。
最初にリンドウが言った通り、だんだんと作業者が増えてきた。人が近くを通り過ぎるときは、二人は黙ってやり過ごす。
「ここに広げればいいですか?」
蚕室に着いたシャラはリンドウに指示を仰ぎ、うなずいたのを見てカゴの中身を台に空けた。
風通しが悪くならないよう、枝を平らに均して広げる。
少し朝露がついていたので、傍らに用意されていた麻布を葉の上に広げ、軽くおさえる要領で水分を拭いた。
「経験があるようだな。犬鷲殿もお屋敷で、蚕を育てておられたか」
ちょうどよさそうな枝を選んで蚕に与えながら、リンドウが訊く。
「こんな大規模ではありませんでしたけどね、あそこは本城ではありませんし。でもこの時期はよく、使用人の家族も総出で手伝っていました」
同じく与える枝を選びながらも、リンドウが何故そんな話をするのか分からず、シャラは慎重に答える。
しばらく、蚕が葉を食むサワサワとした音を二人で聞いていた。
「私はこの音を聞くのが好きなんだ」
「……気が合いますね。私も嫌いではありません」
ますますリンドウの考えが分からない。
「私は首座や犬鷲殿たちとは違い、所詮は官僚の一形態に過ぎない。数年すれば、他の者にこの役は変わる」
唐突に話題が変わった。
確かにリンドウは、家柄ではなく実力で上り詰めた叩き上げだと言う噂だ。
「だから黒椿様は、私に今知る必要はないと……要は、知らぬ方が良い、と仰ったのだろう」
先ほどの話の続きのようだ。
「しかし、調揺にまつわる事柄でありながら鎮樹庁の長が『知らぬ方が良い』話など、並大抵の機密ではないはずなのだ」
リンドウは桑の葉で覆われた蚕を見つめたまま語る。
「黒椿様は、今後も貴官らを客人の支援にと仰せだ。それを呑めば貴官らは、『知らぬ方が良い』機密を否が応でも知ることになるのだろうな」
もしかしてこれは?
自分たちを案じてくれているのか?
シャラは困惑を抱えてリンドウを見つめる。
「ここは他の者に任せよう。もう一往復、頼めるか」
蚕室に他の作業者が入ってきたのを見て、リンドウはまた桑園へ向かった。
「代わりましょう」
他の作業者と距離をとって木を選び、今度はシャラが梯子に登る。
「人それぞれに、抱えられる秘密の器は異なる。過ぎた秘密は、心を蝕む」
リンドウは地上で枝を拾いながら、先ほどの話を続けた。
「貴官らをその器が大きいと見込み、この案件に推薦したのは私だ」
本当にいつ何を見てそう思ったのか、シャラは気になったが訊けなかった。
「しかし私が想定していたのは、黒椿様の元へ客人を案内するまでの話だ。この先は……想定外だ」
シャラの落とした枝を、リンドウがカゴに詰めていく。
「貴官らは……まあ問題も色々あるとは耳にするし、使いどころが難しいものの……余人をもって代え難い人材だと認識している。むざむざ見通せもしない道に送るのは、組織を預かる者として気が引ける」
「身に余るご評価です。恐れ入ります」
かなり含みがあるが、それにしてもこんな話になるとは。
「まあそれはこちらの問題だから聞き流すといい。いずれにせよ貴官らはまだ若く、願えば選べる未来も多いはずだ。それなのに客人が望み、黒椿様が推薦なさっては、本人たちから断るのは難しいだろうと思ってな」
なるほど。リンドウが何のためにこの話をしていたのか、ようやく腑に落ちた。
「本人たちと直接話をして、意向を聞きたかった。本当は妹御ともと思っていたが」
「竜胆長官にそんな風に言っていただけるとは。困ってしまいますね」
枝を切る手を止めないまま、シャラは苦笑する。
「もしこれで人生が取り返しのつかない事態になったら、任命した長官を恨んで生きる糧にしようと思っていたのに。これでは恨みづらいではありませんか」
「貴官らの生きる糧を賄うには、私の老い先は短すぎるだろうよ」
リンドウはいたって真顔のままだ。
「いつだって選択は自己責任と言うわけだ。なかなか世間は甘やかしてくれませんねえ」
シャラは少し遠い枝へ腕を伸ばして切り落とした。
「我らの行く末を案じてくださること、感謝申し上げます。そういう方がいてくださる自分たちを幸運に思います」
ふと下を見ると、切るペースが速すぎたかもしれない。シャラはいったん梯子を降り、遠くに落ちた枝をカゴ付近に集めた。
「しかし誰かがやらねばならぬことですし、私たち以上に適性がある『誰か』なんて長官も思いついていないのでしょう?」
リンドウがカゴに詰めやすいようしゃがんで枝を手渡しながら、シャラは目を見つめて笑った。
「……自信家だな」
相変わらず表情は乏しいが、たぶん少し笑ったと思われる。
「せめて自信くらい持たないとやってられませんよ」
ある程度地面が片づいたところで、シャラは立ち上がった。
「でもどうか知っていてください。私も妹も、調揺が好きでこの職を目指したのです」
また位置を少しずらして梯子をかける。
「客人の手伝いが終わった後も、許されるならまた特命調揺官を続けたいと思っています。だから」
かけた梯子に再び登ってから、シャラは改めてリンドウを見つめた。
「部長や課長に任せず、無断欠勤扱いされない『理由』を長官自らちゃんとでっち上げてください」
結局のところ一番言いたいのはそれに尽きる。
「承知した。私がこの役目にある限り、貴官らの帰る席を守ろう」
ようやくリンドウの口角が、目に見えて持ち上がった。




