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揺らぐ世界の渡り方  作者: 春科シオン
第一章 少女は案内人と出会いその素顔を見る

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揺らぐ世界:02 露見

ユラの渦が納まり、辺りに静寂が戻ったあとも、しばらくシャラとシュロは動かないままだった。

汗にまみれ天を仰ぎ、肩で息をしている。その表情には、トランスの余韻がまだ残っていた。

それを見ているナヴェットも、魂を奪われたような心地のまま固まっている。


「お……」

どれだけそうしていたか分からない時間の後に、シャラがようやく声を発した。

「お水を……いただけますか? ナヴェット様」


ナヴェットが弾かれたように立ち上がり、手にしていた水筒を持って二人に駆け寄る。

二人は交互に水筒に口をつけ、足りずに傍らの背嚢から予備の水筒を取り出して浴びるように水を飲んだ。


「ッハァァァァ ちょ、ちょっと予想以上に集まって来てしまいまして……」

「こんなことなら……プハッ ちゃんと着替えておくんでした。汗まみれです」

二つの水筒を空にしてようやく喋れるくらいに復活した二人は、濡れそぼった互いを見て笑った。


「し……信じられません!」

ずっと無言だったナヴェットが、ようやく声を挙げた。興奮した声だった。

「あれを、あれを即興で成したのですか!? 事前準備も予行もなしで!?」

有り得ない。ナヴェットの顔は驚きのまま固まっている。


「いや後悔してます、こんな規模になるなら事前に譜を組めば良かったです」

「私も途中、シュロが打ち損じないか内心焦って……」

「いや正常完結しませんよ普通!」

こんなナヴェットの大声は初めて聞いた。

「普通ではあり得ません!」

それは、称賛というより困惑に寄っている声だった。二人は困ったように目を見合わせる。


「そうですね、たぶん我々は、この分野には非凡な才能があるのだと思います」

否定や謙遜をしても仕方ない。シャラは髪の毛の汗を絞りながら笑った。


「ただ、シュロも私も勘でユラを追っているだけなので……」

「他の人に教えたり合わせたりが、上手くできないのですよね」

「普通は身内同士を組ませたりしないんですけど、お互い他に組める相手もおらず。シュロが入って来るまでの一年間は本当に苦労しました」


「ユラを……勘で追う?」

いつになく素直に笑う二人と対象的に、ナヴェットの顔は次第に強ばっていく。

「もしかして、お二人にはユラが見えているのですか? あんなに正確に追えるほど、ハッキリと」

問われて二人は、しまったと言う顔をする。


「みんなも見えているでしょう?」

「茶化さないでください!」

確かに二人に限らず誰でも、ユラを認識はしている。光のように捉えられることもあるし、音や風として感じやすい人もいる。しかし普通は、うっすら存在を感じる程度だ。


ナヴェットがしたように専用の器具などを用いればもう少し明確に把握できるが、狭い範囲を数値など間接的な指標で知ることができるだけであり、「見える」と言えるほどの自由度ではない。

対して祭儀の中で見せた二人の動きは、追うべき波がハッキリ見えている、いやむしろ単にその後をなぞっているだけのような、そんな迷いのなさがあった。


「生身で明確に視認するなんて、そんなの人間の所業では……っ!」

動揺のあまり思わず荒げてしまった声に対し、二人がわずかに目を伏せたことに気づき、ナヴェットはハッとして口をつぐむ。

「ご、ごめんなさい、取り乱しました……」


「申し訳ありません、怖がらせるつもりはなかったのですが……」

強ばった、を通り越して青ざめ始めたナヴェットの顔は、シャラとシュロに少し懐かしい心の痛みを思い出させた。




シャラとシュロは物心つく前から、世界に満ちるゆらゆらとした光を追って遊んでいた。

しかしどうやら、周囲の人間には世界がこんな風に見えているわけではないらしい。二人がそう気づいたのはいつの頃だったか。なぜ周囲の大人がそんな畏怖や好奇の眼差しを向けてくるのか分からず、幼い頃はよく泣いた。


少し理由を理解してからは、周囲に隠すことを覚えた。人の発するユラは、その人物の心身の状態を雄弁に語るが、それに気づいていないよう装った。

それでもつい言動からバレることはあるもので、変わらず接する人もいたし、離れる人もいた。離れる人がいるのは仕方ないと、成人する頃には二人とも納得していた。


ただこの目の前の少女から畏れられるのは、鉛を体内に流し込まれたような感触を久々に抱かせた。

他人には明かせない何かを胸の内に封じ、幼いながらに賢くあらざるを得ず、それでいて世界に肯定されていると実感できずにいる姿に、己の過去を投影していたのはシュロだけではなかった。




「ナヴェット様。もしナヴェット様がこれ以上私どもと過ごすのがおつらい様でしたら、代わりの案内人を派遣するよう手配しますよ」

どうやってかは思い浮かばないけど、と妙に冷静に考える自分を感じながら、シャラが提案した。


「ちが! 違うんですそうじゃないんです!」

泣きそうな顔で首を横に振るナヴェットに、シュロはなんと声をかけたら良いか分からない顔をしている。

「本当にごめんなさい、そんなことが言いたいんじゃなかったんです…… お二人のせいじゃないんです、私の……私の問題なんです。ごめんなさい……」


「そうですか……それならばいいのですが……」

たぶん少しも良くないことは分かっているが、どちらにせよこんな場所で別れることはできない。


「とりあえず近くに泉がありましたので、そこへ移動させてください。私もシュロもこんななりですので、汗を流さなければ」

俯いたままうなずくナヴェットと、それを悲しそうな顔で見つめるシュロを見て、シャラの笑顔もさすがに力が入らなかった。

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