大樹の叙事詩
かつて地上には人と共に、世界の化身たる御霊たちが住まわれていた。
御霊たちは人を愛し、人のために姿を成し、人の言葉を話したもうた。
人の願いに応え理を自在に操り、それを叶えたもうた。
人は繫栄した。
御霊と交信するための巨大な神殿を、競い合うように次々とこしらえた。
人は神殿で御霊に願いを預け、祈りを捧げた。
やがて、人と人の願いがぶつかり始めた。
誰かの願いが、別の誰かの破滅を呼ぶ。
それぞれの御霊が、その願いを叶えようと力を振るいたもうた。
一つ箍が外れればあっと言う間。
一世代も待たぬ間に、人は心を喪い、地上は荒れ果てた。
意思宿る巨木を守る機織り巫女は、その世界を憂いた。
巫女の祀る御霊は宣うた。
「御霊の名を封じるといい。全ての御霊を、順ぐりに。私がそれを助けよう」
巫女は封霊の旅に出る。
巨木の化身に付き従い、奉りながら。
最初に供となったのは、巨木で羽を休める鳥たちであった。
「私たちがこの翼で道を切り開きましょう」
鳥たちは風に乗り、その青銅の翼で嘴で爪で、敵対する信者を挫いた。
次に供となったのは、根元に棲みつく蟲たちであった。
「私たちがこの形像で皆を守りましょう」
蟲たちは泥から形像を生みだし繰り、荒ぶる御霊のもたらす困難を退けた。
次に供となったのは、火の山に広がる鉱たちであった。
「私たちがこの大槌で大地を均しましょう」
鉱たちは大槌を振るって立ちふさがる神殿を砕き、その破片を地に埋めた。
次に供となったのは、清流を渡る魚たちであった。
「私たちがこの地に水を巡らせ人々を潤しましょう」
魚たちは神殿を失った土地に水路を巡らせ、人の心を蘇らせた。
供たちに助けられ、巫女と巨木の化身は、次々と御霊の名を糸に封じた。
名を封じられた御霊はその姿を塵に変え、理の波に還った。
世界に残る御霊が己のみとなったのを見届けて、巨木の化身は自ら眠りについた。
残った巨木は物言わぬまま、ただ人々の安寧のため、波を巡らせた。
世界は穏やかに揺らぎ、新たな芽吹きを見守った。




