営む暮らし:A02 鞣し工場
「違うって何度も言ってるだろ。譜は多少は読めるけど」
一般的には、活揺の方が結果が分かりやすいため、職としても知名度がある。
「うちが仕入れてる鞣し屋のところなんだけどさ、廃水の浄化装置の調子が悪いらしいんだよな。今はまだ故障って程じゃなくて、技師呼ぶかどうか迷ってるって言っててよ」
「あー。今日はそこまで時間があるわけじゃないんだが……」
チラッと傍らのナヴェットを見ると、「その浄化槽を見てみたい」と顔にありありと表れている。
シュロは軽くため息をつき、うなずいた。
「まあ、修理呼ぶべきか見るくらいなら」
今後の小遣い稼ぎのことを考えると、革の卸元に顔をつなぐのも悪くない。
たぶん店主も、そういう親切心もあってシュロに声をかけてくれているのだろう。
「ありがとうよ、無理のない範囲でいいんでな。頼んだぜ」
工房長は簡単な地図と伝言を紙片に書き入れ、シュロに手渡した。
「じゃ、お前の兄貴にもよろしくな」
シュロは無言でうなずき、店を出た。ナヴェットも改めてお礼を言って後を追う。
いったん宿に戻ってシャラへの言づてを頼んだあと、二人は地図に書かれた地点へ向かった。
***
「“紅鉛”が紹介してくれたのか。悪いね、わざわざ」
鞣し工場は町のはずれ、川の最も下流となる場所にあった。
入り口で先ほどの走り書きを見せると、すぐに親方が奥から出てきた。
「このガキはお前の連れかい? ウロチョロすると危ないんだが」
ナヴェットを見て露骨に迷惑そうな顔をされたが、無理もない。工場内には一歩間違えれば大怪我では済まない設備が揃っている。
生皮から余分な部分を削ぐための大きな刃物。
いくつも並ぶ、床に埋められたプールのような浸込槽。
浸透液の材料のための巨大な粉砕機。
子どもを拒むのはむしろ親切とすら言える。
「今日は自分が面倒みなきゃならん子で、急にここ来ることになったもんで。聞き分けのいい大人しい子なんで大丈夫っすよ、作業見せてあげてください」
先ほども思ったが、シュロによるナヴェットについての説明は、シャラに比べてずいぶん雑だ。
それでいいのか、とハラハラするが、言葉数も愛想も少ない若者が言うと「そんなものか」と周りも思うらしい。意外とつっこまれない。
「ご迷惑おかけしないように、静かにしています。一緒にいさせてください」
「……危ないことしたらつまみ出すからな。大人しくしてろよ」
ナヴェットの大人びた物言いに、親方は折れる。
「まあこの臭いに騒がないガキなんだ、聞き分けがいいってのは本当なんだろう」
「あざっす」
不安げではあるが、シュロを案内しつつ、ナヴェットがついていくことをそのままにしてくれた。
「見たところ、流体水晶と埋込の譜自体は、まあ問題になる程じゃなさそうっす」
工場の端に設置されていた浄化槽を調べ、革手袋越しにユラを直接流しながらシュロが言う。
流体水晶はシュロの意思に合わせて超音波を水面に向けて発生させ、液体を霧に変えていく。
この霧を次の槽で風等で分別し、ただの水に近い形で川に流すのが浄化槽の仕組みだ。
単なる燃料の代替にするには金紅墨も流体水晶も高価すぎるのだが、数代前の首座からこの国では衛生のための活揺が徹底的に奨励・補助されている。かなり小さい村でもこのような設備は普及しているし、ここのように大量に廃水が発生する事業者は設置が義務だ。
「そうなんかい。どうにも処理速度にムラがあってなあ、今は困るって程じゃないんだが」
「普段、起動してるのはどなたっすか」
シュロが尋ねると、親方が数名の工員を呼んできた。
それぞれに普段どおりでと頼み起動してもらうが、込めるユラの質・量に問題があるわけではなさそうだ。
そもそもこの手の「決まった動きを常にする」ための装置は、可能な限り使い手の資質に左右されないように設計されている。
「となると、伝導部分か」
シュロは起動のための操作部と浄化槽をつなぐ箇所のパネルを開き、あちこち革手袋で触れながらユラを流し、流体水晶の反応を見る。
「あー、たぶんここっすね。接続部は大丈夫そうなんで、ケーブル換えるだけでいけると思いますよ」
シュロはケーブルの型番を確認し、そのメモを親方に渡した。
「すんません、ケーブルだと自分が直すのはちょっと、今日ってなると無理なもんで。買ってきてもらうしかないんすけど」
「いや助かる、助かるよ兄ちゃん! ケーブル買ぃや済むなら活揺技師呼ぶよりだいぶ安上がりだ!」
シュロは申し訳なさそうにしたが、親方は大喜びの様子だ。
「っす、それなら良かったっす」
「いや金のこともそうなんだけどよ、鞣し場ってのはまあ、慣れない奴からするとさ、小汚く見えるだろ? いちいち顔しかめる野郎のツラ見るのも面倒でさ、つい後回しにしちまっていたんだが」
皮革は人々の生活と切っても切れない重要な存在であるにも関わらず、その生産現場は非常に過酷だ。
「兄ちゃんも嬢ちゃんも、涼しい顔だなあ。さすがコウエンの紹介だ」
「っす、慣れてるんで」
相変わらずシュロは馴染みのない相手には表情が薄いが、役に立てて喜んでいることがナヴェットには分かる。




