営む暮らし:A01 革工房
「これだけの数のお店が……成り立つ程に消費があり、流通があると言うことですか!?」
多くの路線が集まる中央駅で降りて市街地に向かい歩いている間、ナヴェットは目を丸くしたまま無言だった。しかし市街地の目抜き通りの様子を目にしてとうとう上げた驚愕の声がこれだ。
「な、なんで衣服店だけで何件もあるのですか!? こんな近くに固まって!」
言われてみれば何故だろうか。シャラは小首を傾げる。
「比較しやすいように……ですかね」
「なるほど……己が熟考の末に『選んだ』と言う実感は、そのものに対する主観的な価値を高めると聞きます」
あまり考えたことがなかったので適当に言ってしまったが、ナヴェットが何かを見いだしてしまった。
中央祭壇にアクセスしやすい界隈で宿を取り、荷物を置く。
「きっとまた現地調査になるでしょうから、私たちは色々と物資補充に動こうかと思いますが、ナヴェット様は見たいもの等ありますか?」
シャラに問われてナヴェットは言葉に詰まる。
「な、何があるか分かりません」
それもそうか、とシャラとシュロは顔を見合わせた。
「では、シュロと一緒に消耗品の買い足しをしていてください」
「シャラは別行動ですか?」
「予定外に長い留守になってしまったので、少し家に寄って様子を確認してこようかと」
「家? 今朝までいましたよね?」
一瞬考えた後、ナヴェットの瞳がハッと輝く。
「私も行」
「ダメです」
予想されていたのか言い終わる前に断られてしまった。
「お二人の今のお住まいですよね? 見てみたいです!」
「絶対にダメです」
「もホンッッット狭いし散らかってるので」
「物置にかろうじて寝台があるようなものです」
それはそれで気になるのだが、二人の本気の拒絶を感じてナヴェットは引き下がった。
「シュロは何か取って来たいものある?」
「粉と染料の補充頼めるか? 作り置きしたやつがまだあるはず。あとダメになった酒」
いつも持ち歩いている化粧道具の容器のいくつかを、シュロがシャラに手渡す。
「行きましょうナヴェット様。きっと街を歩くのも楽しいですよ」
シュロに促され、ナヴェットは渋々シャラと別れた。
「いつも使ってるお化粧品は、自分で作ってるのですか?」
滑らかに舗装された街路を歩きながら、ナヴェットが尋ねる。
「買ったまま使うものもありますけど、色や質感の調整を入れることが大抵です」
「すごいですね。自力で調合を編み出したのですか?」
「基礎は昔、諜報活動を専門にしている古株に手ほどきを受けました」
先程ナヴェットが「変装」と表したのは、的を射たものだったようだ。それでは市販品では事足りないことが多いのだろう。
そんなことを話しながら、二人は商店が並ぶ繁華街の方角ではなく、工房が集まったエリアに向かい歩いた。
「こういう場所の方が、半端に出た余り資材等を割安で手に入れやすいです」
シュロの説明をナヴェットは興味深そうに聞いている。
「旅に持ち歩く前提なので、少量ずつの方がありがたいですし」
目星はだいたいついているらしく、シュロは迷いなくいくつかの工房を訪れ、交渉して歩いた。
糸、針、ボタン、釘。
燃料用の油、保護用の油、蜜蝋。
精製アルコール、石鹸、乾燥させた香草・薬草……
「こうした細々した物品が揃っていくのって、見ていて楽しいですよね」
ナヴェットはまたキラキラした眼差しでその様子を眺めている。
「ナヴェット様も必要なものがあれば仰ってくださいね。経費ですからご遠慮なく」
問われてナヴェットはしばし考える。
「補修用の革のハギレでしょうか。そろそろ靴底が心許なく」
「革工房ですか……それは後で一人で行こうかと思っていたんですが……」
なぜかシュロは少し迷った風だ。
「まあ今更か。一緒に行きましょう」
何かしら吹っ切ったらしく、シュロはまた道を先導し始めた。
「お、久しぶりだな。最近顔見せなかったじゃねえか」
「本業が忙しくて」
「それは良いこった」
その革工房の主とは、シュロは顔見知りの様子だった。
「なんだ可愛い子連れて。隠し子か?」
「どう見てもそんな年齢じゃないだろ。色々あって都案内してるんだよ」
ナヴェットは何と言ったものか分からず、とりあえず黙って頭を下げておく。
何となく、先ほどナヴェットの同行にシュロが乗り気でなかった理由が察せられた。
「せっかくならもっと綺麗なトコ案内してやりゃいいのに」
「いえ、人の手仕事を見るのが好きなので楽しいですよ」
「おやまあ、しっかりしたお嬢ちゃんだ」
大げさに手を広げて笑う工房長の前に、シュロは荷物から取り出した包みを広げる。
「いくつか作ってきた。あまり時間とれなくて少ないけど」
「おお、相変わらずいいモノ作るねお前さんは」
それは装飾をした革小物のようだった。
巾着型の財布や髪留め、くるみボタンなどが、彩り良く糸や石で装飾されている。
「柄のセンスもいいし、縫い目もきれいだ。お前の作ったやつは目の肥えた客にも評判いいんだよな」
そう言いながら各品の値踏みをし、それなりの額をシュロに手渡す。
「またいつでも持ってきな。高く買うぜ」
「なんか今、売れ筋の型とか柄とかある?」
シュロはこうして小遣い稼ぎをしているのだろう。
確かに馬車での移動時など時間があるときに、こんな感じの作業をする姿をたびたび見かけていた。単なる手慰みかと思っていたら、実益を兼ねていたらしい。
「あとハギレ買えるか。また旅になりそうなんで」
一通り流行り路線についての情報を得てその資材を買ってから、シュロが作業場の片隅の木箱を指さす。
「数枚くらいならマケとくよ、タダで持ってっていいぞ」
シュロがナヴェットに向かってうなずき、二人で木箱を漁った。
「ご厚意に感謝いたします」
ちょうど良さそうなハギレを何枚か見つけたナヴェットが、改めて工房長に礼を言う。
「私からも何かお礼が出来れば良いのですが」
「なんだ、『しっかりした』どころじゃない嬢ちゃんだな」
その丁寧さに、工房長はいささかたじろいだ様子だ。
「お嬢ちゃんが礼なんざ考えなくていいんだよ。オレぁコイツのおかげでお得意さんにサービスできるからな、よその工房に持ち込まれないよう下心もあるわけよ」
工房長はシュロを親指で指しながらからかカラカラと笑い、ふと思い出したような顔をした。
「あー、礼とは別なんだが、そう言えばお前の本業って活揺とか言ってなかったか? ハネ?を読んだり書いたりできる?」




