踊る茶会:05 平服
「あースッキリした! あの顔が見たかったんだよね」
平服に着替えてから迎賓館の客室に戻り、寝台にボフンと勢いよく座りながらシャラが朗らかに笑う。
「くそ、一回洗ったくらいじゃ匂いが全然落ちない。どうすっかな」
シュロは自分の髪を嗅ぎながら、残ったかぐわしすぎる香りに困った顔をしている。
会談の終了後、クロツバキは中央祭壇の御殿へ馬車で帰った。
イヌワシも明日の早朝には本邸へ帰るとのことで引き上げ準備中だ。恐らく「ご子息たち」も一緒に帰るのであろう、対外的には。慌ただしいことだ。
「こんな匂いさせたまま本庁なんて行けないぞ」
二人とナヴェットは、明日ゆっくりとここを発ち首都に向かうことになっている。今日明日で各種手配をしておくので、あさって本庁で長官から指示を受けろとのことだった。
「あとで温泉で洗いに行こう。硫黄泉ならさすがに落ちるでしょ」
平職員にあるまじき華やかな香りを残しているのはシャラも同じだ。そして、今隣室で昼寝をしているナヴェットも。
「しかしアレだな、親父って色々知っているんだな」
爪の色を落としながら、シュロは先程の庭園での会話を振り返る。
「原始環樹が何なのか分かっているみたいだし、あの感じだとナヴェットとマツリ姉の事情も多少は理解していそうだったね」
もちろん二人とて、イヌワシを単なる純心な親馬鹿だと思っているわけではない。
「名門の当主としての顔」や「軍部の重鎮としての顔」は頻繁に見てきた。
しかし今日のこの、国ひいては世界の根幹に関わり兼ねない秘事を平然と聞いている姿は、今まで描いていた父親像を更新するものだった。
「でもマツリ姉と親父の差し金ってのは誤解だったみたいだな……少し悪いことしたかね?」
「いやー散々振り回されて心掻き乱されたんだもん、あれくらい構わないでしょ。あの二人には端金だよ」
請求書の額を顧みて少し申し訳なさそうにするシュロと、きっぱりと否定するシャラ。
「おまけに……何なワケ!? さっきの唐突な『評価面談・保護者付き』!!」
思い出し怒りで枕を思いっきり殴る。
「あーーー確かに。あれの代償だと思えば、全然悪いとは思わんわ、うん」
シュロも思い出して再び顔が引きつった。
「いきなり親の前でああいうこと言う!? マツリ姉性格悪すぎる!」
「『喜ばれたろうか』って、喜んだのはウチらじゃなくて親父だろ!」
「なんで長官がこんな末端の職員の評価を事細かに把握しているんだよ、暇なのか!!」
「そもそもウチらあんな高評価なんて聞いたことないぞ、それならちゃんと待遇に反映しろ!」
「高評価の内訳に野外活動が入ってるのが微妙な気持ちになるわー」
「それなー、昔の訓練が活きちゃってて複雑だわー」
そして最後にクロツバキが言っていた、「秘密を扱い慣れている」という言葉。
誰が何を見てどう長官に報告した結果そう評されたのか、さすがにゾッとした。やはり一組織の長というのは侮れないものだ。
「まあマツリ姉からも釘刺してもらえそうだし、免職はされずに済みそうだよね」
「一時はどうなるかと思った」
しばらく枕やシーツに八つ当たりしたあと、とりあえず二人は平静を取り戻した。
長官にも出自のことはバレていないとのことだったので、当面は安心できそうだ。
「また明日からは一介の調揺官に戻れるとして、だ」
シャラはそっと窓の外を確認する。
「まだ陽もあるしさ、もう一回くらいあの子たちと走らせてもらっても、バチは当たらないと思わない?」
笑顔で乗馬に誘うシャラに、シュロは一瞬隣室を見てためらう素振りを見せた。
「ナヴェットなら家政婦長に言付けしておけば大丈夫だよ。役得って言ってたしさ。今だけなんだし堪能しちゃお」
シャラの重ねての誘惑に、シュロは喜びを押し殺せないで表情でうなずいた。
***
「それにしても昨日のお二人はお綺麗でしたねえ。目の前で生きて動いているのが不思議に見えるくらいでした」
昨日から何回目か分からないナヴェットの感想。
「できれば記憶から消していただきたいのですが……」
シャラもシュロも、対面の席で居心地悪そうに肩をすぼめる。
翌日、三人は首都に向かう汽車に乗っていた。もちろん豪華特急などではなく、通常の都市間便だ。
「見ただけで寿命が延びそうでしたよ」
ついこの間「何歳まで生きるんでしょうね?」と言っていたことを思うと、二人からはコメントしづらい。
「クロツバキ様の付添いの職員に見られたのは痛いところです。ちょっと見た程度では分からないようにしているつもりではありますが」
「せっかく多少は面影も変わっただろうと思っていたのに」
「それは大丈夫ではないでしょうか。お二人はもはや『化粧』というより『変装』に近いです。よほど素顔で近しくならなければ、分からないと思いますね」
人をよく見ているナヴェットに言われ、二人も多少は安心した様子だ。
「まったく徹頭徹尾、恥ばかりかきました」
「みんなして私たちのことを玩具にして」
しかし相変わらずご機嫌は斜めだ。
「これもあるから帰りたくなかったってのに」
「なんとか今からでも、世間的に葬り去れないものか」
「当人たちからすると面白くないのでしょうが……」
ナヴェットとしては、周囲の人間がどれだけ帰還を喜んでいたか想像ができてしまうので、何とも言い難い。二人だって感情そのものは感知しているだろうに、心理として理解するには若すぎるのだろう。
「でもあんな人たちに囲まれて『死んだことにしてくれ』だなんて、やっぱり言っちゃだめですよ。皆さん悲しみますよ」
「え」
「そういう問題なんですか」
「どういう問題だと思っていたのですか」
素で驚かれて、ナヴェットが逆に驚く。
「『この家で葬式出したらどれだけの金と人が動くと思っているんだ』って言われましたけど」
「じゃあ頑張って稼がないと、と」
親の心子知らず、をこじらせた結果の苦肉の策だったろうとは察するが、それにしてもひどすぎる。
「え、じゃあお二人は自分のお葬式代を稼ぐためにそんな懸命に働いているのですか?」
「まあ当初はそれも目指していましたが、いざ自力で働き初めてみると」
「単なる職員がそれだけの額を稼ぐのがどれだけ非現実的か、身を持って理解しました」
「シュロの浪費がひどいですし」
この二人は永遠に平職員のままの方が全方向に幸せなのかもしれない、とナヴェットは思った。




