踊る茶会:03 リキュール
「よもや原始環樹とは……」
一通りの報告を聞き終わって、クロツバキは沈んだ声を出した。
「左様なものが眠りおるとは、さすがにこの方も思いかけなんだ」
「そんなものがあるなんて知れたら」
イヌワシも深刻な顔で考え込む。
父親がその意味を知っている様子であるのを、シャラとシュロは意外な思いで眺めていた。
「周辺国は、我が国を驚異と見做すであろうな」
「かと言って、今のままと言うわけにもいかない」
今も住民の生活は危ういバランスに翻弄されている。災害対応のためにイヌワシもかなり軍の人員を割いているはずだ。
「模索すべき道は、二つあると言うことですね」
ナヴェットが二人の意図を汲む。
「通常の祭壇として稼働する状態を目指すか、以前のように完全な沈黙状態を目指すか」
「悩ましい択である。さすがに叔母上に相談せねばなるまいな」
「急激なパワーバランスの変化で新たな火種を生むのは避けたいが、国を富ませ得る資源をわざわざ葬るのは民に対して不誠実だ」
今は自分たちが口を挟むタイミングではないと判断したシャラとシュロは、湯を密かに温め直して追加の茶を淹れた。
談義の邪魔にならぬよう、静かに各自のティーカップへ注ぎ足す。
「この場で結論づけられる問題ではないことは、充分に理解いたします。そして私の側も、先程の選択肢のどちらにも実現可能性があるのかどうか、現段階でお約束することができません。追加の調査のお時間をいただきたく」
ナヴェットのカップには先ほどと同じく砂糖を足した。
「時を要すは双方同じであるな」
クロツバキのカップには、薔薇の香りのシロップを垂らす。
「今しばらく警戒態勢が続きそうですね。先ほど頂いた地図を元に、長期化を前提とした配置に再編しましょう」
イヌワシのカップにはミルクを混ぜておいた。
そうして皆の茶の世話をした後に、シュロがいつも通り自然な仕草で自分のカップに足した物は、クロツバキと同じく薔薇の香りを漂わせるものであったが、あれはシロップではなく薔薇のリキュールだ。
あんな物もセラーにあったかと驚くと同時に、この場面でもマイペースを貫く妹にシャラはもはや尊敬の念すら抱く。
「現地の調査隊はひとたび撤収せしめ、他の地の祭壇修繕に回すべきであるな。人手足りぬ折、無為に時を費やすわけにはいかぬ」
密かに気がかりであったことに言及があり、シャラは軽く安堵した。
不幸な行き違いはあったにせよ、無意味と分かっている行為を彼らが今も続けているのかと思うと落ち着かなかったのだ。
「ナヴェット殿の物調べには、叶う限り手助けいたそう。要す物あらば挙げるが良い」
「ありがとうございます。まずは持ち帰ったサンプルの分析が出来る施設と、古い文献が閲覧できる場所があるとありがたいのですが」
「いずれも中央祭壇内が良かろうな。手配すよう“竜胆”に伝える」
リンドウというのは鎮樹庁の長官だ。
「さらに、差し支えなければなのですが、この国の現存する環樹の根本を拝見することはお許しいただけますでしょうか。可能であれば差異などを比べたく」
「『根源』であるか……即答はできぬが、掛け合おう」
「大変に助かります。そして最後にもう一つございまして」
ナヴェットが先ほど足された茶を飲んでから、言葉を続けた。
「ここまで私を案内してくださったお二人に、引き続きご支援をいただきたいのですが問題ございませんか」
クロツバキとイヌワシの視線が一斉に自分たちに集まり、油断していたシャラとシュロは慌てた。
ちょうど口に含んでいた茶を、喉を鳴らして飲み込む。
なぜだろうか、こちらを見つめるクロツバキの目は、ひどく険しい。
「ナヴェット殿。かの遺跡には『何も』おらなんだ、と仰ったな?」
ナヴェットに答えぬまま、含みのある問いをクロツバキが逆に投げかける。
「はい。少なくとも我々は『何とも』出会いませんでしたし、里長もそう予見して私を送り出しました」
ナヴェットにはその問いの含意が分かっているらしかった。
少しの間、イヌワシとクロツバキは逡巡するように顔を見合わせていた。
これは、自分たちに関係のある問答なのだろうか。
シャラは戸惑いつつも黙ってその様子を見守る。
やがてイヌワシが何かを後押しするようにうなずき、それを受けてクロツバキはナヴェットに向き直った。
「まずはご要望として承った。お答えする前に、一つお聞かせ願いたい」
重々しい表情で述べたあと。
クロツバキは何故か唐突に、ニヤッと笑った。
「あの『調揺官たち』は、いささかなりともナヴェット殿の助けになり申したか?」




