踊る茶会:01 椿
「よく来たな“マツリ”!」
その日の午後、迎賓館の前には何台かの格調高い馬車が到着した。
その中の一台から、守られるように人に囲まれて降りる人物を、イヌワシが笑顔で出迎える。
「相変わらずであるな、“クマ”」
祭服を纏った女性が優雅に笑う。
それこそが現首座の姪であり、後継者の最有力候補と言われている“黒椿”その人であった。
「人前で幼名を呼ぶでない、と幾度言わせるか」
「お互い様だろ、もう親にすら“クマ”なんて呼ばれないってのに」
そう言って笑い合う二人は、装いも物腰も全く共通点がない。
しかしその、チグハグなのに何故か会話は噛み合う様が、長年の付き合いを感じさせた。
「お久しゅうございます、マツリ姉様」
「ご無沙汰いたしておりました」
イヌワシの子どもたちがそう挨拶するので、クロツバキは「言うたそばから」と目を細める。
「久しいな、雛鳥たち。息災であったか」
「よしてください『雛鳥』だなんて」
「私たちももう良い年なのです」
そう言ってはにかんで見せるのは、もちろん着飾ったシャラとシュロだ。
涼やかな顔でクロツバキと会話をしながらも、万が一にも本庁で出会いそうな職員はいないだろうな、と気が気でない思いで背後の面々を確認している。
私的な訪問、しかも日中の茶会と言うことで、鎧のようなスーツ・ドレスではなく比較的シンプルな服装で済んだことを不幸中の幸いと二人は捉えていた。
とはいえ生地も仕立ても最高級に上質なものであり、二人自身も家人たちの手によって徹底的に頭から爪先まで磨き上げられ、つやつや・ふわふわの良い香りに仕立てられている。
もちろん普段の「濁らせる」化粧なんてさせてもらえない。ほぼ素顔のままに、ほんのりとアクセント程度の色を入れることがなんとか許された。
この顔で大勢から見られるのは久しぶりで、二人とも落ち着かない。
さすがに選り抜かれた従者たちであり露骨に二人に視線を注ぐような者はいないが、かつて見慣れたユラのざわめきが二人には感じとられ、とにかく居心地が悪いのだ。
「そうであったか、許すが良い。いつになろうとほんに見目麗しいな、“鴗鳥”も“蜂鳥”も」
「マツリ姉様の方こそ、変わらぬ気品とお美しさのままでおいでですね」
鎮樹庁の式典等で遠くから姿を見たことは何度かあったが、間近で見たのは数年ぶりだ。イヌワシと数歳差とは思えぬ若々しさを保っている。
「さあいつまでも立ち話をしていないで中へ入れよ。天気もいいし、庭園の方に席を設けた」
イヌワシに促され、一行は迎賓館の中を抜けて庭園に向かう回廊を歩く。
「此度は雛鳥たちの友もおいでとのことであるな」
回廊を抜け庭園の入口に差し掛かった辺りで、白々しく問われた。
「ええ、そうなのです。最近知り合ったばかりなのですが、非常に博識かつ聡明な方なのです」
「マツリ姉様ともお話が合うと思いまして、是非ご紹介できればと」
シャラとシュロも何食わぬ顔で返す。いつまでこの茶番を続ければいいのか、ずっと手探りだ。
「ヌシらがそこまで評すお方とは、楽しみなこと」
「先に東屋でお待ちいただいております。きっと驚かれますよ、とてもお若く見える方なので」
「ただ、大変に慎ましく恥ずかしがり屋の方ですので……」
後方に続く侍従たちへ向けて、シャラがチラっと意味ありげな視線を投げる。
「左様か。心地悪うさせては面目ないな」
それに合わせ、クロツバキは軽く後方に向かい手を振る。
続いていた一同がさっと足を止めて礼をした後、その場で警護・待機の陣容に展開した。
「東屋の周りは遮音いたすが良い」
前へ向き直って、小さい声で傍らのシュロに指示をする。
二人が翅を使わずそうした操作ができることを、もちろんこの人物は知っている。
蔦薔薇に覆われた東屋が目に入ってきた辺りで、クロツバキは怪訝な顔をした。
「姿が見えぬな?」
「いえ、おいでですよ。お小さい方ですので」
シュロが先行して東屋に近づき、ちょうど柱の陰になっていたナヴェットの手を取った。
日差しの中に現れたナヴェットは、家政婦長が選んだドレスを着た上で、シュロによる手の込んだ髪形に仕上げられている。
「この度はお目見えの機会を頂戴し、まことにありがたく存じます、クロツバキ様」
いつも以上に丁寧な仕草でお辞儀をするナヴェットをクロツバキは驚いた顔で見つめている。
「ムルカの里より参りました。私のことはナヴェットとお呼びください」
「……マツリ姉様?」
ナヴェットの口上を聞き終えてもクロツバキは黙ったまま、何も言葉を発しない。
怪訝に思ったシャラがその顔を覗き込むと。
「何故ヌシがここにおるか! “アトリ”は何を考えおる!?」
二人が見たことのない顔で、クロツバキが取り乱した声を挙げた。
「マツリカ!?」
皆が呆気にとられている中、イヌワシがクロツバキの肩を掴んだ。
幸いなことにシュロは既に遮音を施していたので、背後の従者たちは騒ぎに気づいていない。
「どうしたんだ一体」
イヌワシの声も耳に入っていない様子でナヴェットを凝視したまま、クロツバキは小刻みに震えている。
「クロツバキ様は……私のことを知っておられるのですか……?」
その視線を受け止めながら見つめ返すナヴェットの声には、困惑と同時に何かの期待が混じっていた。
「私が何者なのか……ご存じなのですか?」
問い返され、クロツバキはハッとした様子で口元を抑える。
「……まずは、“アトリ”の文を読もう……」
長く感じられる刹那の見つめ合いの後、クロツバキがかろうじて掠れた声を発した。
ナヴェットは何か言いたそうな様子ではあるが、黙って、しかし丁重な手つきで里長の返信書を差し出した。
「……取り乱して相すまなんだ。雛鳥たちの客人にまことに失礼ではあるが、しばし時間をもろうて良いか」
イヌワシが困った顔で二人に目配せをし、シャラとシュロはわけが分からぬままに礼をする。
「ナヴェット様、薔薇園へ参りませんか。きっと見頃です」
ナヴェットはしばらく去りがたそうにクロツバキを見つめていたが、シュロに促されて「失礼いたします」と小さくお辞儀をし、東屋に背を向けた。




