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揺らぐ世界の渡り方 ~冒険?いえ出張です。「見えすぎる」公務員兄妹は世界の真実に目をつむる~  作者: 春科シオン
第四章 少女は協力者を求め庭園に座る

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迎える古巣:06 美酒

「そう言うナヴェット様はどうなんですか。目指す立ち位置とかあるのですか?」

「え、私ですか?」

唐突にいたずらな笑みでシャラに打ち返されて、ナヴェットはたじろぐ。


「こちらとはだいぶ社会制度が違うんですけど……そうですねえ」

恐らく訊かれているのは、人生設計についてなのだろうが。すぐには思いつかず、手で湯をすくって顔にかける。


「そもそも私って、何年くらい生きるんでしょうね?」

「えぇぇそこから?」

「周囲に私みたいな人、いないんですよね」

「ロールモデルがいないってレベルじゃない」

二人が「ヤバいことを尋ねてしまった」という顔をしている。


「あのような擬態用の装身具が受け継がれているのですから、過去には似た人がいただろうと踏んでいるのですが、なぜか誰も教えてくれないのです」

実は先ほどのイヌワシの言葉で気になったのはそこだった。

「似た人に会った」というのは、そういう意味であった可能性がないか、と。しかしその後「二人きりで会話させてなるものか」というシャラとシュロの警戒心が凄まじく、深く聞けずじまいだった。


「言っておきますけど、お二人も『周囲と生態が違うかもしれない』という点では油断できないと思いますよ」

「そうなんですか!?」

「生態って!!」

戦慄する二人に、ナヴェットが声を上げて笑う。


「冗談です、それはあらゆる可能性はゼロではない、程度の意味です」

ザバッと湯に身体を預けて半ば浮きながら、ナヴェットは天井を眺める。


「私もお二人と同じです。目の前のことに精一杯ですね、今のところ」

「やっぱそうですよねー」

「そうなりますよねー」

シャラとシュロも、ナヴェットに倣って改めて天井を仰ぐ。


「何だかよく分からなくても、生まれた以上は死ぬまで生きるしかありませんからねえ」

「そうなんですよねえ」

「難儀ですよねえ」

普通に話したら激重な話題かもしれないが、湯に浸かりながらだとふわふわと話せてしまう。不思議なものだ。


***


「今日の報告書なんて書くことあるのか?」

夕食を終えてのナヴェット就寝後、続きの間で端末を広げるシャラにシュロが尋ねる。

私邸で寝ると気が滅入りそうだったのもあり、二人ともナヴェットとともに今夜も迎賓館に泊まることにしている。イヌワシは寂しがっていたが。


「一応今日は、『ステュムパロスのお嬢様方と友人殿の邂逅に立ち会った』体だからさあ」

私邸のセラーから持ち込まれた酒瓶の数に辟易しながら、シャラが答える。

まったく、親父殿は軽率にあんなことを言って。


「一体誰と誰が出会って、誰がそれを見ていたんだ……」

「まあどこにも提出しない可能性高いけどねー」

ナヴェットが「原始環樹」と呼んだアレを見た日から今まで、報告書は書いていなかった。

それはやさぐれたり飲んだくれたりしていたせいではあるが、それを抜きにしても「これを記録に残して良いのか」という迷いがある。


「いい加減そろそろ口裏合わせさせて欲しいんだけど、長官は明日来るのかね」

「長官職が付き添いで来たことは今までなかったよな」

当時は鎮樹庁の構成に詳しかったわけではないが、恐らくあれは家政部の侍従職や近衛職だったろう。


「私的なご訪問なら、長官が来るのも変か」

「その方がウチはありがたいわ。万が一明日の格好で対面なんてしたらどんな顔すればいいやら……」

家人に寄ってたかって飾り立てられるであろう明日を思ってか、シュロは憂鬱な顔をする。


「しかも親父も同席するんだよな? 今朝みたいなことまた喋られたら……うっ」

自分で言って自分でフラッシュバックしているらしい。シュロの顔から生気がなくなった。

「ダメだ、思い出したら身投げしたくなってきた……」


「ここの医療班優秀だから、身投げくらいではすぐ治されちゃうよ……」

「そう……だな……」

シュロは焦点の定まらない目でグラスの葡萄酒を飲み干した。

さらにまた注いで飲み干し、なんとか気を取り直す。


「そもそも、だ。親父ってどこまで知ってるんだアレ」

「そうなんだよね、何か本当に『子どもらに会いに行くから呼んどけ、友人紹介しろ』って言われただけみたいな雰囲気なかった?」


先ほどイヌワシは、「マツリは何も言わないから困る」「そっちからも連絡してるならそう言えばいいのに焦ったじゃないか」とボヤいていた。

そうであれば、唐突に今までにない強引さで、しかし詳細を書かずに帰郷を要請してきたことも腑に落ちる。一般通信で首座一族の非公式予定について送受信するなど、色々な意味で危険すぎる。


「だとしたらナヴェットのこと、マジで『友人』だと思ってんの? 純粋すぎん?」

「仕事ちゃんと務まってるのかな……」

「まあ周りが優秀だしな……」

「そう……だね、うん」


心配を払拭するように、シャラもグラスに手を伸ばして葡萄酒を注ぐ。

飲む前から分かる、普段自分たちが飲んでいる安酒とは明らかに異なるかぐわしい香りが立ち上った。


「あのデッカい樹の話とかすんだよね、明日。親父いていいのかな」

シャラはゆらゆらとグラスを揺らして、その香りを楽しみながらも眉根にしわを寄せる。


「むしろウチらもいていいのか」

「大丈夫、明日その話を聞くのは『ステュムパロスのご子息たち』だからね。ヤバそうなら遠い森に持ち帰ってもらおう」

「面倒だけど便利な考え方だな」

事も無げに言うシャラに、シュロが苦笑しつつも同意する。


「分からないことだらけなのに事前にあれこれ悩んだって仕方ないしね。明日の主役はあくまでもナヴェットだしさ」

「ナヴェットなら上手くやるだろ」

二人は悩むのをやめにして、今しか飲めない美酒を楽しんで夜を過ごすことにした。


***


「何故ヌシがここにおるか! “アトリ”は何を考えおる!?」

しかし二人の予想とは異なり、翌日のナヴェットとの会見は波乱の幕開けとなる。

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