迎える古巣:04 蜜
「お前らそんだけしか食べないの? 本当に? まさか遠慮してる?」
家政婦長が持たせてくれた昼食を広げながら、イヌワシが三度くらい同じことを訊いた。
「遠慮なんてしませんよ。日々教練に勤しんでいる人たちと一緒にしないでください」
シャラは川魚のパイをつまみながら、すました顔で答える。
「そんなもんか? えイヤさすがに違わん?」
そう言うイヌワシは、ロースト肉やミートパイ、パテを塗ったバゲットにピクルス等を次々と腹に収め、程よく葡萄酒も呷っている。
「いくら何でもチドリのそれは少なすぎるよな?」
確かにシュロは、チーズとフルーツくらいしか口にしていない。
そしてその目はじっと、籠の中の酒瓶を見つめている。家を出たのは成人前だと言っていたから、もしかすると親の前で飲酒をすることにためらいがあるのかもしれない。
「そうなんです、お宅のお子さんたち……特に娘さんは本当に食が細くて、見ていて心配になるんです」
キラキラ光る野菜のゼリー寄せとミートパイを食べながら、ナヴェットが告発する。
「ちょ」
「ちょちょちょちょナヴェット様!!」
「やはりそうですか」
二人が慌て、イヌワシが神妙な顔でうなずく。
「ですけど、本当にお二人にとってはこれが丁度いい様子なのですよね。しばらく見ておりましたが、体力が低下したり体調が悪くなる様子もありませんし」
「そうなのですか!?」
イヌワシが驚愕の表情で二人を順に見る。
「もしかしたら光合成ができるのかもしれません」
「さすがに適当すぎですナヴェット様!!」
光合成はさすがに冗談だが、ナヴェットとしてはシュロが普通の人類の理と違う方法で栄養を摂取している説はまだ捨てきれていないところだ。
「さらに言うとですね、やはり名は体を表すと言いますか…… 『ハチドリ』という鳥の生態をよくご存じですか?」
「ナヴェット様、実は呑んでます!? 絶好調すぎるんですが!!」
不穏なものを感じたのか、シャラが止めようとする。
「チドリのことですか? 飛ぶ宝石と呼ばれる美しい鳥ですが、ホバリングで精密に飛ぶ…… 結果的に、この子にぴったりになったと思ったのですが」
「仰る通りですが、問題はこの鳥の食性でして……」
「それ以上仰らないでくださいナヴェット様!」
動物好きなシュロは続きを予想できたのだろう、悲壮な声で叫ぶ。
「あの鳥は、常に自重の何倍もの蜜をすすり続け、その特異な飛翔のエネルギーを生み出すのです」
「蜜……ですか」
「あーーーー……はい、そうですね……」
イヌワシは怪訝そうだが、シャラはナヴェットの言わんとすることを悟って遠い目をし、シュロは顔を手で覆い隠す。
「もしかすると名による呪かもしれません。娘さんに、そのお手元の蜜を分けて差し上げるのがよろしいかと」
「手元の蜜?」
イヌワシは自分の手元のグラスをしばし見つめ、その意味に気づいたのだろう、パッと表情を明るくした。
「そうだよな、お前たちももう大人だもんな! いやー気づかないで済まなかった」
喜色満面で二人に予備のグラスを手渡す。
そう、ナヴェットの知る限り、酒を嗜む大人たちは我が子が成長して共に酒を飲めるようになると、喜ぶものなのだ。先ほどの暴露は、ナヴェットなりに親子の交流を促そうとしてのものだった。
実際それはイヌワシに大いに功を奏したようで、二人のグラスに葡萄酒を注ぐその表情は一層晴れ晴れとしている。
しかし。
「ナヴェット様、どうなっても知りませんからね……」
シャラだけが、苦渋に満ちた顔をしていた。
「父様、帰ったらすぐにセラーの鍵を確かめてください」
「良い良い、今はどうせ大したものも入っていないよ。好きなものを持っていきなさい。迎賓館の方は、家政婦長に怒られるからやめておけな」
「父様そんなことを言っては!!」
「父様、どうもありがとうございます」
危機感にかられるシャラと対照的に、シュロがとても美しい笑顔で礼を言った。
そのあまりに真っすぐな眼差しを見て、ナヴェットは「もしかしてまずかったかな」とうっすら思った。
気づいたとき、ナヴェットは丘の傍らの木陰で毛布を掛けられていた。またいつの間にか眠っていたらしい。
「お目覚めですか?」
声の方を振り返ると、イヌワシが見守るような顔でこちらを見ていた。
「申し訳ございません、はしたない真似を……」
「何を仰るのです、ナヴェット殿のお年頃なら健全なことです」
恥じ入るナヴェットに、イヌワシが爽やかに笑う。やはりシャラはこの人に育てられたのだな、と改めて思う。
「あの、お子様方は」
「馬の早駆けを楽しんでおりますよ」
イヌワシの視線の方を見やると、芝生の丘陵で二頭の馬がそれぞれ人を背に乗せ、じゃれ合うように疾走している。
追いかけっこでもしているのだろうか、遠目にも楽しそうだ。そして、やはり走る馬は美しい。
「美しい光景ですね」
「本当にそうなのです」
それを眺めるイヌワシの目は、切なそうだった。
「あまりに美しくて、私は何故この光景を守ってやれなかったのか、と。どうしてもそう思ってしまいます」
遠くから、馬のいななきと人の笑い声が微かに響く。




