迎える古巣:03 私室
「背丈は伸びておられるのにこんなに細くなって…… 筋肉が痩せ衰えているではありませんか」
シュロに何枚かの服を順に着せてサイズを見ながら、家政婦長が嘆く。
「膨らむ/痩せる」の基準が筋肉なのが、さすが武人一族に仕える家政婦長だ。
「現役の方たちと比べるのはよしてください、充分に保っている方です」
道中で見せたロープの曲芸や各種舞踊を見る限り、シュロは一般的な女性より遙かに筋力があると推察されるが、それでも足りないと言われるらしい。
家族を「厳しい」と表していた要素の一つなのかもしれない。
「これは急いで詰め直さないと…… せめてもう一日早くお戻りくだされば余裕があったものを」
暗に「昨日から私邸に泊まってほしかった」と言っているのだろうが、シュロは気づかないフリをしている。
「ナヴェット様については、長衣部分の着替えだけでお願い。ご出身の郷里のしきたりで、他の装飾品は替えられないそうです」
「かしこまりました」
細かいことに疑問を挟まないでくれるところはナヴェットとしては大変に助かる。
「お持ちの飾りを活かしたいから、あまり色や装飾は派手でないものがいいと思うのだけれど」
「それならこちらのドレスでしょうか。シルエットは一見シンプルですが、工夫された切り返しと織目のおかげで単調に見えません」
前から思っていたが、シュロは自分が着飾ることにはあまり興味なさそう、と言うかむしろ面倒とさえ思っていそうに見えるが、ナヴェットを磨いたり飾ったりするときは楽しそうだ。
「それではこちらは明日までにサイズを直しておきます」
最終的に選んだいくつかの服を手に、家政婦長が部屋の扉に手を掛ける。
「昼食は、馬で散策がてら屋外でどうかと旦那様が仰っておりますが」
シュロは無表情を装っているが、馬と聞いて明らかに目が輝いた。
「ありがとう、お父様に是非にと返事をしておいてください。乗馬服に着替えてから厩舎に参ります」
「良かったですね、シュロ」
家政婦長が出て行ったあと、ナヴェットはシュロに笑いかけた。
「……はい、そうですね」
シュロも、恐らく山を降りてから初めて、素直な顔で微笑んだ。
「もー身体がたるんでるって小言ばっかだったよぉ」
厩舎に向かう途中で合流したシャラが、疲れた顔でこぼす。
あちらはあちらで男性の家人が服を見つくろっていたはずだが、状況は似ていたようだ。
「しがない小役人に、そんなこと求めないで欲しいよねえ」
「全くもって同意」
「みんな親父や姉貴たちを見慣れすぎてるんだって」
ナヴェットがこの地の人々を見てきた限り、シャラもシュロも少なくとも身長は決して低い方ではない。
しかし先ほど見たイヌワシはその二回りは上背で上回り、幅や厚みについては比較にならない違いだった。抱擁される二人が子どもに見えたほどだ。
「お姉さんもいらっしゃるのですか」
「いますよ、偉大なる姉が。父の後を継ぐのは姉だと言われています」
「気性も腕っぷしもそっくりです」
それはかなりの女傑だろう。
厩舎の前には、既に馬具をつけた馬が3頭、イヌワシと共に待っていた。
シャラとシュロに気づくと、まだ距離があるうちから馬たちがいななきを上げる。あまり馬に慣れていないナヴェットは、ビクッと驚いた。
「ほら、馬たちもお前たちが帰ってきて喜んでいる」
あれは喜んでいたのか、とナヴェットが理解するより早く、シャラもシュロも小走りで馬に走り寄った。
馬に鼻をすりつけられて、子どものように笑いながらその顔や首を撫でてやっている。
「あの二頭は、特に二人に懐いていたのです」
少し距離を空けて見守っていたナヴェットの側に、いつの間にかイヌワシが立っていた。
「二人がいない間は本城の方で暮らしていたのですが、馬も子どもたちも喜ぶだろうと思って連れてきました」
「とてもお子様のことを思ってらっしゃるのですね」
きっと邸宅内の食堂で対面して食事をするよりも二人がリラックスできると思って、屋外での昼食を提案したのだろう。
「いやあ、至らないことばかりです。逆にこんなことしかできなくて」
イヌワシは面目なさそうに笑う。その仕草はとても軍の重鎮には見えない。
「ナヴェット様! ナヴェット様はシュロの馬にご一緒にどうぞ」
呼びかけられて振り返ると、シュロの乗った馬の傍らにシャラが立ち、ナヴェットに手を差し伸べていた。
「乗馬は始めてですか? この子たちは人を乗せることにとても慣れているので、安心してください」
シャラがナヴェットの手を導いて、馬の首を撫でるよう促す。
短い毛に覆われた首に触れると表面はしっとりと温かく、それでいて弾力ある力強い手ごたえがあり、触れていると安心する気がした。
「準備はいいですか? 持ち上げますよ」
ナヴェットの心が馬と馴染んだのを確認して、シャラがナヴェットの腰を支えて持ち上げてくれる。上に座るシュロに補助してもらいながら、ナヴェットはシュロに後ろから抱かれるような形で鞍に跨った。
「鞍の前のところをしっかり掴んでいてください」
シュロが手を添えて掴まる場所を教えてくれる。
「二人の好きなように歩くといい。オレは後ろからついていくから」
イヌワシに促され、シャラの馬と横に並ぶ形でゆっくりと、シュロは馬を歩かせ始めた。
「まずはお昼を食べる場所を探しましょう。見晴らしの良い丘がいいかな」
隣の馬からシャラが提案し、シュロが同意する。
「馬の背って、こんなに高いのですね……」
「風が気持ちいいいでしょう?」
まだおっかなびっくりなナヴェットの背でシュロが笑う。
「馬の歩くリズムに合わせて、腰をスライドさせるのがコツです。腿で鞍を挟む気持ちでいると安定しますよ」
シュロが軽く腰に手を当ててリズムを教えてくれる。
「自分も一緒に歩いている気持ちになりますね」
「そうでしょう? 分かっていいただけて嬉しいです」
やはり馬といるシュロは幸せそうだ。




