迎える古巣:02 抱擁
「良かったぁ! 心配してたんだぞ本当に!!」
「ちょ……やめ……」
「くるし……」
「なかなか返信せんし、仕事の内容も全然教えてくれんし」
「当り前じゃないですか、あちこち行っているんです」
「守秘義務というものがあります」
「このぅ、いっちょ前に役人みたいなことを」
「「役人です!!」」
「ん、こっちが“ソニ”だよな? “チドリ”はともかく、“ソニ”も小さいままだなあ?」
「普通です」
「みんなが大きすぎるんです」
「いつまで経ってもオレに似ないな? ちゃんとメシ食ってるか?」
「似るわけないじゃないですか!」
「いい加減にしてください、お客様の前ですよ!」
シュロの声に、ようやく大男はナヴェットの方を見た。
呆然とするナヴェットと目が合うと、何事もなかったようににっこり笑って姿勢を正す。
「大変失礼いたしました、小さな淑女。驚かせてしまいましたでしょうか」
その笑顔は、第一印象の威圧感からは想像もできないほど人懐っこく、かつ爽やかなものだった。
「この館の当主を務めております、“犬鷲”と申します。昨日のご来訪に間に合うことができず、申し訳ございませんでした。我が子のご友人をこの館にお迎えすることができ、心より嬉しく思います」
「お初にお目にかかります、イヌワシ様。本日はお招きいただきまことにありがとうございます」
ナヴェットは笑いだしたいのを我慢しながら、礼を尽くして挨拶をした。
「私のことはナヴェットとお呼びください。大変お世話になっている友人のご家族にお会いすることができて、私も本当に嬉しく思っております」
シャラもシュロも、イヌワシの背後で力なく佇んだままナヴェットから目を逸らしている。
「お世話になっているのは子どもたちの方でしょう」
イヌワシは膝をついて身をかがめ、ナヴェットに目線を合わせた。
「しかし驚きました、我が子らがこんなに可愛らしい友人を得ていたなんて」
ナヴェットをまじまじと見つめたあと、ふいに魅力的な笑みを浮かべる。
「失礼、どこかでお会いしたことがございませんでしたでしょうか?」
「お客様にそういうのやめてよ!!」
後ろから叫ぶシャラに、とうとうナヴェットはこらえ切れず笑い声を上げてしまった。
「恐らくお会いするのは初めてと存じますが…… ふふ、息子さんはお父様によく似ておられますね」
「ウソでしょ!? 私のことどういう目で見ているんですか!?」
体格も顔立ちも全く似ていないどころか真逆に近いが、その浮かべる表情はとても似ている、とナヴェットは思ったのだ。
そして幼い容姿の自分に驚いていないことはないだろうに、涼しい顔で真摯に応対してくれるところも。
その言葉に、イヌワシは相好を崩す。
「嬉しいことを仰いますね。息子たちのことをよく見てくださっておられるようだ」
「むしろ節穴じゃないの今の!?」
「この子たちは、その……色々と誤解をされたり、勝手な期待を押し付けられたりすることが多いもので。親として心配していたのですが、貴女のような方と知り合えたのなら、安心できます」
子どもたちに関わるイヌワシの言動は、事前に二人の話から描いていた想像と全く異なっていた。
これは「死んだことに」なんていう願いが聞き入れられるはずがないだろう。
「ねえ、本当にお願いだから……そういうの本人たちの前でやるのやめて……?」
しかし当のシャラは死んだ魚の目で懇願し、隣のシュロは同じ目のまま空を見つめ意識を断った様子を見せている。
「お父様にはいつになろうと幼い子に見えるでしょうが、お二人とももう立派な大人なのです。立場を無くすようなことを仰らないで差し上げた方が」
「あぁお恥ずかしい、仰る通りですね」
さすがにこれ以上は気の毒かと思い、ナヴェットは助け舟を出した。
「何せ遅くに授かった子たちなもので、私も上の子たちもつい可愛がってしまいまして。全然帰ってこないので、最後に顔を見たのは成人前でしたし」
助け船のつもりが逆効果だったようだ。シャラは致命傷を負った顔をしている。
なるほど、世間で「愛人の子」と噂されるのも無理はない。
「さあお前たち、お客様の前でいつまでそんな仕事着のままでいるんだ? 明日は“マツリ”たちが来るんだろう、今のうちに服が合うか確認しておきなさい。自分の部屋の場所を忘れたわけではあるまい?」
シャラとシュロはもはや何も反論する気が起きないらしく、目を合わせないままうなずいた。やはり私室は残っていたようだ。
それにしても“マツリ”というのはもしかして「次期首座」のことだろうか。
「ナヴェット殿はお着替えはお持ちですか? よろしければ娘の小さい頃のものを用意させますが」
「いえ私はこのままで……」
「何を仰います、ナヴェット様」
断ろうとしたのをシャラの声が遮り、シュロがナヴェットの肩を力強く抱きよせた。
「下の長衣だけでも着替えましょう。大丈夫、きっと良い状態で保管されていますよ」
それは「これ以上二人に会話をさせてなるものか」という気持ちからの行動だったが、ナヴェットにはその強引さの理由が分からず困惑する。
「うんうん、それがいい。家政婦長には伝えておくから、チドリは先にお部屋にご案内なさい」
二人は馬鹿丁寧にイヌワシにお辞儀をした後、ナヴェットを引きずるように連れて早足に居間を去った。
「あの、私やはり人前での着替えはちょっと……」
「ご安心ください、何度か外しておられるのを見てだいたい掴みました。私が程よくナヴェット様の周囲を揺すります。家政婦長はそこまでユラの感度が高い方ではないので、充分に誤魔化せるでしょう」
廊下を歩きながら戸惑うナヴェットに、いつも以上に事務的に答えるシュロ。相変わらず万能すぎる。
上階の奥の一画に、二人の私室が隣り合って存在した。
部屋の扉を開けた途端、シュロがまた絶望感に満ちた顔で「帰らないって言っただろ……」と呟く。
日当たりのよい室内は華美ではないが品の良い調度品がそろっており、そこには埃一つない。
書き物机や書棚には、活揺・調揺に関する書物や道具・資材の他、歴史書や戦略論に関するもの、かと思えば各地の動植物や工芸品を紹介する資料なども並び、部屋の主の努力や興味を伺わせる。
寝台の側机には生花も飾られているが、これはさすがに今回の「帰省」に合わせて生けられたものだろう。
「あの人たちはいつもそうなんです……私がどれだけ真剣に話しても、まともに取り合ってくれない……」
本格的にシュロの情緒が崩壊し始めた。
ナヴェットとしては、子の部屋を片付けられなかった家族の気持ちも分かるので言葉に窮する。
「シュロの決意を疑っていたわけじゃないと思いますよ。きっとご家族が、思い出を捨てる勇気を持てなかっただけです」
ナヴェットのフォローにも、俯いて黙ったままだ。
「と、とりあえずご家族みなさんに、今の仕事を立派にしていることを示しませんと! 明日の会見もその一環でしょう? 着飾るのも仕事のうちと聞きます」
続けたナヴェットの言葉に、やはりしばらく黙っていたが、
「そうですね。自ら無力な子どもに戻ろうとするところでした、失礼いたしました。責務を果たし、早く本来の仕事に復帰しましょう」
なんとか自力で立ち直った様子で、ナヴェットは安堵した。
「そうです、シュロはやっぱり頑張り屋さんの良い子です!」
「いや今そういうのされると本当に立ち直れなくなりそうなのでマジやめてください」
泣きそうな顔のシュロに慌てて謝罪している最中、部屋のドアがノックされた。
シュロが「どうぞ」と返事をすると、何枚もの子ども服を抱えた家政婦長が入ってきた。
「『お帰りなさいませ』、“蜂鳥”お嬢様」
家政婦長が、改めて帰還を歓迎する。昨日から家政婦長はずっと実直な顔のまま表情を表に出さないが、今は少し嬉しそうにナヴェットには見えた。
「『久しぶりです』、“葦雀”。留守の間も変わらず整えていてくれたのですね、ありがとう」
シュロも見事に振る舞いを切り替えている。本心では「なんでこんな余計なことを」なのだろうが、やはり「頑張り屋さんの良い子」だ。




