迎える古巣:01 別邸
「ずっと茶番を見ているような気持ちです」
長旅でお嬢様が疲れているので、と言って部屋に運び込んでもらった夕食をつまみつつ、ナヴェットが笑った。
「茶番でもしないと心が持ちませんよ」
答えるシャラも隣のシュロも、心底うんざりしている様子だった。
夕餉の前に湯浴みをと勧められて、ナヴェットはシュロと共に客室に続く個室浴場で入浴したのだが、用意されていた石鹸やハーブオイルを見つめて「なんでまだあるんだ」とシュロが呆然としていた。
きっと以前の愛用品と同じ品だったのだろう。自棄になった顔で、せっかくだからとナヴェットを磨きあげてくれた。
「しかし人が大勢いらして驚きました。みなさん顔見知りなのですか?」
ナヴェットが尋ねると二人がいやいやと首を横に振る。
「普段はこんなにおりませんよ。首座一族のご来訪があるので、本邸から大勢が応援に来ているのでしょう」
「首座の一族と言うのは、幼馴染に会うだけでもそんなに大変なのですね」
「お気の毒なことです」
そういうシュロの言葉は、皮肉でもなんでもなく本心から気の毒がっている様子だった。
「それにここのスタッフは、元々入れ替わりが激しいのです。見知った顔はほんの一握りですよ」
「そうなのですか」
それは少し意外だった。
「隣の保養所のスタッフもそうなのですが、傷病者のリハビリや退役者の一時的な働き口を兼ねているのです」
「日常を規則正しく整えることは、心に良いですから」
「なるほど、とても合理的です」
どおりで少し動きのぎこちない家人が多かったわけだ、とナヴェットは納得した。
「だからほとんどの者は、本当に『遠方で静養中のお嬢様方のご友人を行政府の人間が案内してきた』と信じていると思いますよ」
「『いったいいつどう知り合ったんだ』と訝しんでいるとは思いますが」
「文通……ですかね……」
まじめな顔で言うナヴェットに、シャラとシュロが吹き出してしまった。
「でも明日はお父様がいらっしゃるのですよね? 何か言い繕った方が良いのかと」
心配して尋ねると、二人は絶望の表情を浮かべる。
「無駄でしょうね…… 何を言っても無意味でしょう。明日は私邸で出迎えた方が良いかもしれません」
「人前で喋らせたら大騒ぎになりかねません」
二人にこんな顔をさせる人物に会わねばならいのか、とナヴェットはさすがに重い気持ちになった。
翌朝、朝食を運んでくれた家政婦長が、こちらから言う間でもなく私邸で待つことを提案してくれた。考えていることはだいたい同じなのだろう。
シャラとシュロは往生際悪く、昨日と同じ行政府の制服を着ている。化粧もいつも通りだ。
「そういえば、お母様はこちらへお住まいだったのでは?」
「いえ、母もここにはおりません」
待ちながら原始環樹で集めた資料を見返していたナヴェットが、ふと思い出して尋ねたがシャラは否定した。
「言っておりませんでしたね、母は本当に『遠方の地で静養中』なのです。人の多い環境がどうしても合わなかったようで」
ユナイフの近隣で暮らしていたなら、確かにここですら賑やかすぎるかもしれない。
その前提があるからこその、あの「嘘」なのだろう。
「では今、普段ここは無人なのですか」
美しく保たれた室内は、そうとは感じさせないものだった。普段から細やかにメンテナンスされているのだろう。
「もちろん普通に別邸として、当主家族が時々利用しているとは思いますが」
「保養地ですし」
そんな話をしていると、唐突に二人の顔が曇った。
「え昼って言ってたのに早くない?」
「あれ馬車じゃなくて自分で馬に乗ってね?」
ナヴェットにはまだ何も聞こえないが、二人には人の接近が感じ取られたのだろう。
「ナヴェット様……恐らくお見苦しい所をご覧に入れてしまうかと存じますが」
「どうか慈悲の心でお見守りください」
死地に向かうかのような顔をされ、ナヴェットはまた反応に困りながらも広げていた資料を片づける。
やがてナヴェットの耳にも馬の足音が聞こえてきた。
近づいてきた足音は私邸の入り口前で止まり、玄関を開く音と共に人の足音に変わる。
荒々しい足音が近づいてくるのを、二人が無の境地に至った表情で聞いている。
バンっと居間の扉が開かれ、壮年の男性が現れた。ナヴェットの抱いた第一印象は「大きい」と「二人にまったく似ていない」だった。
大柄で厚みのある逞しい体格。
そんな男が険しい顔で、少し荒い息をしながら室内を見回す様子は殺気立って見え、ナヴェットは気圧された。
が、こちらを見た瞬間、その表情が一変する。
「このた……」
「“ソニ”! “チドリ”!」
シャラがこの期に及んで何か他人行儀な口上を述べようとしたのをまったく意に介さず、男はガバッと二人をまとめて抱擁した。




