走る宮殿:03 保養地
軍の重要な構成員として、活揺兵というものがある。
翅と流体水晶、場合によっては摂揺も駆使して軍事行動を支え……もちろん必要であれば、「敵」を薙ぎ払う。
「私たちは、軍人として生きるにはあまりにも、効率よく人を壊すのが上手すぎます」
電車の軌道がちょうど少し曲がったらしい。
光の差し込む角度が変わり、先ほどまで明るく照らされていたシャラの顔のうち半分が、そして俯いたままのシュロの全身が、壁面の落とす影に沈んだ。明部とのコントラストで真っ黒に見える影の中、二人の目だけが爛々と輝いているように見える。
戦は限られたリソースをどう確保しどう使うか、互いに最善手を模索して上回ろうとし合うからこそ「戦」として成り立つ。
しかしこの二人がその気になれば、ほぼノーコストで絶大な結果を生み出せてしまう。それは戦ですらない、一方的な盤面破壊だ。
仮に「護る」ためだけに力を振るったところで、結局は同じことだ。消耗しない盾を持つ軍隊とそうでない軍隊がぶつかる状況が、真っ当であるはずがない。
その主体であるには、この二人の感性はあまりにも常識的で、残酷なまでに健全すぎた。
「翅で実行できる範囲だけで行動するよう努力もしましたが…… 人の人生が懸かった瞬間に立ち会った時、自分たちがどんな選択をしてしまうか自信が持てませんでした」
シャラが淡々と語る傍らで、シュロが自分の身を抱くようにキュッと身を縮める。
救うべき者と救うべきでない者が入り交じる場所を、救済の選択肢を人より多く持つシャラはどのような目で見ていただろうか。
「引き留められましたし、多くの人に目を掛けてもらって来たことは分かっていたので申し訳なくも思いました。それを振り切って我を通すからには二度と帰らないつもりで、『死んだことにしてくれ』と頼んだんですけど……それは拒否されまして」
その折衷案が「病弱な引きこもり」だった、ということだろう。
「それなのにっ! もーこんな形で帰ることになるなんて!! どんな顔をして!!」
「いやだ……ナヴェット様に見られたくない……」
「唐突に思春期のようなことを……」
飲みすぎるな、と言うのも今の二人には酷なのかもしれない。
ナヴェットは仕方ないので、時々こっそり二人のグラスに真水を注いで飲ませ、糖分を取るよう果物などを手元に置いて世話をした。今日は二人は「オフの日」だと言っていたし、こちらが世話をする側でも構うまい。
***
空が暗くなり始めた頃、ようやく目的の駅に着いた。駅の外では既に立派な馬車が三人を待っていた。
「鎮樹庁より、貴家ご息女方のご友人をご案内して参りました。お迎えまことにありがとうございます」
背筋を伸ばして挨拶をする二人が着ている制服は、昨夜のうちに汽車の衣装係に依頼しておいたそうで、新品のようにプレスされている。
セラー係が顔を青くする程飲んだあとで、これだけ涼しい顔ができるのだから大したものだ。
「どんな顔をして」に悩んだ結果として、あくまでも行政府職員として進めることにしたらしい。が、恐らく迎えの御者も顔見知りだろう。生真面目な顔で付き合ってくれているが、下から見上げるナヴェットには喉元に力が入っているのがよく見えた。
馬車の中で二人は背筋を伸ばして座ったまま、何もしゃべらない。
窓の外を見れば、「一大保養地」だと言うだけあって賑わった公共浴場や富裕層の別荘らしき邸宅が並んでいる。確かに、あの街道の宿場町とは規模が違った。
この景色の中で二人は育ったのだろうか、と思うとナヴェットは不思議な気持ちになった。
華やかな中心街を抜け、別荘地帯も通り過ぎ、さらに馬車は走る。
なだらかな丘陵地帯をだいぶ進んでようやく見えたものは、ナヴェットには軽い「街」に感じられた。
「こ、これ全部がおうちですか!?」
「いえ、関係者の保養のための宿泊所や、負傷兵の療養施設等が並んでいるのです。今目の前に見えるのは、来客用の迎賓館ですね」
「当主の私邸は裏側の一棟だけです」
ナヴェットが唖然としている間に馬車は大きな門の中に滑り込み、迎賓館前の車寄せに止まった。
「ようこそおいでくださいました。家政婦長として留守中の管理を任されている者です。皆様のご逗留中のお世話を勤めさせていただきます」
馬車を降りると、体格の良い女性が丁寧に頭を下げ出迎えてくれた。
「旦那様方は明日の昼にご到着の予定です。遅れる非礼をご容赦ください。本日は皆さまでお寛ぎいただければ」
「この度は素晴らしき地へお招きいただき、まことにありがとうございます。大切な『友人』のお住まいを訪れることができ、大変に嬉しく思います」
満面の笑顔で丁寧にお辞儀を返すナヴェットに合わせ、シャラとシュロも他人行儀に礼をする。
「お部屋はどちらをお使いになりますか?」
邸内に招き入れながら家政婦長が問いかけたのに対し、シュロが顔をしかめる。普通は客に問うような内容ではない。
「私どもは付添いですので、お世話を滞りなく出来るよう続きの客間をお貸しいただければありがたいのですが、ご用意ございますか?」
「もちろんでございます。では荷物はそちらへお運びいたしましょう」
これは二人の私室がまだ残されているな、とナヴェットは笑いをかみ殺した。




