走る宮殿:02 氷割
「後見人、ですか……」
深く聞いていいのか分からない。つまり親ではない、と言うことだろう。
「私たちは……災害孤児、に近いです。母は生きているので正確には孤児ではないのですが、子どもを育てられる状態ではありませんでした」
ナヴェットは息を飲んだ。それは、もしかして。
「ナヴェット様はあの大災害をご存じでしたよね。私たちはその時、親とはぐれて二人でいるところを発見されたのです」
ユナイフの災厄。あのときのシャラの顔色が変わって見えたのは、これだったのか。
「シュロは幼すぎて覚えていないそうです。私もぼんやりとしていて定かではないのですが、とても恐ろしい思いをした、という感覚だけは刻まれております」
「お二人とも、よくご無事で……」
乗合馬車の中でも話されていた通り、酷い状況だったと聞いている。
「私たちは幸運なことに、主たる暴発が起きる前に、先遣隊として訪れていた軍部の方たちに保護していただけました。その際に隊の指揮を執っていたのが、当時は家督を継ぐ前でしたが、この後にお会いいただくステュムパロス当主だったと言うわけです」
なるほど話がつながった。
「残念ながらご存知のとおり、その後にひどい惨劇が起こりました。私たち以外にも親を失った子どもはたくさんいまして、そうした子らのための救護院が新しく造られた程です。私たちも本来ならそこで育つはずだったのでしょうが……」
「お二人にユラが見えていることに、誰かが気づいたのですね」
ナヴェットの言葉に、シャラが切ない顔でうなずく。
隣のシュロも、グラスを口に付けたまま軽く俯いた。
「当時は隠すべきだなんて知りませんでしたから、『誰かが』どころではありません。それこそ首座も巻き込んでの大騒ぎだったはずですし、先遣隊には緘口令が敷かれたと聞いています」
当時の大人たちはまさに混迷を極めた状況だっただろう。
同時に、親とはぐれた物心もつかないうちの幼い子どもが、その周囲の雰囲気をどう受け止めていたか……想像するに余りある。
「さらにはその後、幸いなことに——だと思うのですが、母も発見されまして。詳しくは聞いておりませんが、凄まじくすったもんだアレコレしてゴタゴタと揉めに揉めたとは思うのですが……」
そこでまたシャラは、先を言い淀んで沈黙した。
シュロがそのグラスにまた泡酒を注ぎ足す。
シャラはしばらくその揺らぐ泡を物憂げに見つめた後、くいっと優雅に飲んで笑った。
「最終的には当時跡取であった現当主が、私たちを『養子』として引き取り、母をその『乳母』として別邸に置いてくださったのです」
——ん?
先ほどの話と違うな、とナヴェットは思った。
「庭師の方……の、ではなく?」
「それは家を出たいと言った私たちのために、無理を言って偽造してもらった立場です」
「え、では当主には合計6人のお子さんがいる、ということですか?」
「いえ、つまり。『病弱で遠い地に引きこもっている』はずの二人が、なぜか今ナヴェット様と一緒に豪華な汽車に乗っている、ということです」
「おーぉぉ? なるほど?」
なるほどと言ってはみたが、ナヴェットは混乱の真っただ中だ。
「では今から向かう『別邸』と言うのは……」
「私たちが育った場所です。出てから一度も帰っていませんが」
シャラはまた深い深いため息を吐いた。
「あーもう、『仕事とプライヴェートは分けたい』とか言っておいて結局今こんな話をすることになるなんて…… カッコ悪すぎです、最悪です」
重要なのはそこなのか。
ナヴェットがなんとか頭を整理しようとしているうちに、シャラの顔には今までにない、悲壮とも言える皮肉そうな微笑が浮かんだ。
「結局のところ、今回の案件になぜ私たちが任命されたのかと言うと、そういうことなんですよね。『調揺官の沙羅と棕梠』が適任だったのではなく、『ステュムパロスの一員』という立場が都合よかったのです。長官がそれを知っているはずはないと思っていたのですが、首座たちが後ろにいたのでは……」
「最初から言えっつの」
朝からずっと黙っていたシュロがようやく発した言葉がそれだった。
ナヴェットは朧気ながら、なぜ二人が昨日あんなに荒れていたのかを理解した。
ナヴェットが見た範囲のこの二人は、確かに育ちが良いだろうことは時々滲んでいた。
しかし、強大な基盤や後ろ盾がある者の余裕を感じさせたことはない。詳しい事情は分からないが、それだけ本気で独立して自分たちの足で歩むために、職務経験を積みそれなりの手応えを感じ初めていたのだろう。
それが全て己らの幻想だったと、今はそう感じているに違いない。
そんなことはないはずだ、と言ってやりたかったが、まったく社会制度の違う環境で生きてきたナヴェットには上手い言葉が見つからなかった。
「結局はエラ~い人らの掌の上で躍っていただけだったわぁ」
「滑稽だよな」
「親父らの連絡にあんなに慌ててさ、真面目に悩んでたんですけどぉ」
「見事なまでの道化だ」
「あー無断欠勤扱いで放置されているの、敢えてじゃないよねえ? 家を手伝えって思われてる?」
「さすがにそこまで姑息ではないと信じたい、恐らくただの無能」
二人が飲んでいるのが、いつの間にか葡萄の泡酒から琥珀色の蒸留酒に変わっていた。この季節にどうやって手に入れているのか、グラスの中には氷まで入っている。
「あの……お二人はご家族が苦手なのですか?」
また荒れ始めた二人に、ナヴェットが遠慮がちに尋ねる。
訊いて良いのか迷ったが、その対面に立ち会うからには把握しておきたかった。
二人は考えるように互いの顔を見つめた。
「言いたくないことであればすいません、お答えいただかずとも結構なのですが」
「少なくとも……嫌い、ということはありませんよ。養父も義兄たちも、厳しくも優しい人たちで、とても良くしてくれました。厳しいですけど」
「癖がある人が多いですが、基本的にいい人たちです。厳しいですけど」
厳しいことは充分分かった。
「世間では『愛人の子』だと思われているでしょうが……まあ世間なんてそんなもんでしょう」
「ではどうして、嘘を用意してまで家を離れたのですか?」
ナヴェットの問いに、シャラが可笑しそうに笑う。
「そんなの決まっているじゃないですか」
笑う口元の上に座る、虚ろな瞳がナヴェットを見つめる。
「だってあの家にいたら、軍人になるしかないんです」
カタタン カタタン と走行音が室内に響く。




