帰る途:02 爆発
「あの……何が書かれておりましたか……?」
叫んだまま、わなわなと震えながら固まっている二人に、遠慮がちにナヴェットが尋ねる。
二人の顔色は赤を通り越して青くなっている。それは驚愕や嘆きと言うよりも、何かの激情を必死に抑えているものに見えた。
「す、すいません、その……」
ナヴェットの前で爆発させないように、必死にこらえている。ぎこちない仕草で振り向いたシャラはそんな顔をしていた。
「いやちょっと、やはり無理です…… 私もシュロも限界です」
たぶん今、笑みを浮かべようとして失敗したのだろう。何とも言い難い表情だ。
「大変に失礼ながら、お耳を塞がせていただいてもよろしいですか?」
戸惑いながらもナヴェットがうなずくと、シャラはふわっと何かをナヴェットの頭に掛けるような仕草をした。その瞬間、ナヴェットの世界から音が消えた。
翅も使わず一瞬でこんなこともできるのか。
ナヴェットがまた感心している間に、無音の世界でシャラとシュロが感情を大爆発させた。
「ッざけんなし ッざけんなし ッざけんなし!!」
「ナめてんのかどいつもこいつも!」
「ヒトをコケにすんのも大概にしろや!」
大地を拳で叩き、草を引っこ抜き、小石を蹴り飛ばす。かろうじて、かろうじてユラは荒れるがまま発散するだけに留め、物理作用が起きないようにできた自分たちを誉めたい。
「さっいっしょっかっら 言っえっよぉぉぉ!!」
「どんな思いで! こっちがどんな思いで……!!」
「人の心を弄んで楽しいんか!!」
「はーやってらんね はーーーーーーやってらんね」
「馬鹿馬鹿しーわぁ ぜ~んぶ馬鹿馬鹿しいーわぁ」
理性をかなぐり捨てて喚き散らかし、やがて疲れて座り込んだ。しばらく肩で息をしながら放心する。
何もしゃべる気が起きないでいたが、服の袖をチョイチョイと引っ張られてシャラは我に返った。
『終わりましたか?』
こちらにも声は届かないが、そう言っている唇の動きだ。
「失礼しました」
かろうじて笑いながら、シャラはナヴェットに被せていた遮音膜を散らした。
「お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いえ、その……お、お仕事大変ですね……」
ナヴェットも何と言って良いか分からない表情をしている。
声は聞こえていなかったはずだが、まあ仕草だけ見てても相当なものであっただろう自覚はある。
「その……本当にナヴェット様はとばっちりで申し訳ないのですが、私もシュロも心の整理に時間が必要そうでして…… 本日は我々を放置していただけると大変にありがたく」
「とりあえず予定どおり、街道までは出ます」
「わ、分かりました」
聞き分けが良いと言うより、とても何かを聞ける雰囲気ではないと思われているのだろう。
「一つだけ今言えるとしたら……」
萎縮させて申し訳ないと言う気持ちから、せめて何か言えないかと口を開いた。
「お喜びください、恐らく次の目的地では、屋根付きでのびのび温泉に入れますよ」
しかしやはり気持ちの整理がつかず、どうでもいいことしか言えなかった。
***
「えー、とりあえず直近の予定といたしましては、麓の街に着いたら馬車に乗ります」
その後ずっと無言で(しかし時々何らかの発作的な衝動を抑える様子を見せながら)歩いていたシャラがようやく言葉らしい言葉を発したのは、もう日も暮れようかと言う頃だった。
「こんな時間に乗合馬車ですか? 明日の朝ではなく?」
夜間に走る馬車もあるにはあるが、危険度が跳ね上がるのでシャラたちは避けてきていたはずだ。
「いえ乗合ではなく、貸切です。夜間でも走れる熟練の御者と渡りがついているそうです」
「貸切ですか」
乗合馬車よりさらに高価だと聞く。夜間であれば尚更だろう。
「とにかく急ぐ必要があるとのことで。ナヴェット様はどうぞ馬車内でお休みください」
「あの、お二人は」
「シュロは車内でナヴェット様のお側に。私は護衛として御者台に座ります」
シュロは相変わらず一言もしゃべらないでいるが、シャラの言葉に軽くうなずいた。
「早朝に乗換をするかもしれません。そっとお運びしますので、ご容赦ください」
「何というか、かなりの強行軍なのですね」
ここまでの旅と急に時間感覚が変わり、ナヴェットは戸惑う。
「時間の限られている方でして」
シャラが苦々しい顔をした。
街に着き指定されていた宿の主人と話すと、すぐに御者を紹介してもらえた。
馬車の準備をしている間に一室を借り、汚れた体を拭き服を着替える。
ナヴェットはまだしも、シャラとシュロは汗だらけの泥だらけで、とても馬車に乗れる姿ではなかった。
手早く夕飯をかきこんでから慌ただしく馬車に乗る。
「シャラは大丈夫でしょうか」
御者台に座る後ろ姿を走る馬車の中から眺めながら、ナヴェットが心配を漏らす。
今日は子どもとは言え人を背負って山道を歩いたのだ。疲れていないはずがない。
「たぶん、何かやることがあるほうが気が紛れるのだと思います」
「ではシュロはどう紛らわすのですか?」
問われてシュロは軽く目を見開いた。そんなことを訊かれるとは思っていなかった。
「……どうしましょう。ナヴェット様に子守歌でも歌いましょうか」
「まあ素敵ですね!」
「いや冗談ですよ。私はシャラほど良く歌えません」
本気にされて、シュロは少し慌てた。
「シャラと比べなくていいじゃありませんか。夜の馬車なんて初めてで、上手く寝付けるか心配だったのです」
いやそんなことはないだろう、ナヴェットが寝付けなかったことなどない。
と思いつつ、真っ向からそう否定するのもためらわれた。
「……仕方ありませんね。早くお休みくださいね」
毛布を整え、ナヴェットを座席に横たわらせる。
その肩に対面の座席からそっと手を載せ、ゆっくり撫でながらシュロは小さい声で歌った。祭儀と関係のない歌は、そういえば久しぶりだなと思いながら。
春告げ鳥が 春を連れてきた
眠れ愛し子 ゆらゆら揺れる 月を追え
握った羽根を 手放すな
それはお前を導く 春の喜び
案の定ナヴェットはあっという間に寝息を立て始めたので、シュロはほっとして自分の背もたれに体重を預けた。
なんとなく歌ってみたが、これを自分が歌ってもらったのは、いつだっただろうか。




