風乗る少女:05 刺青
「先ほども申し上げましたが、ナヴェット様のお召し物はこの地では少々目立ちますし、長旅向きではございません。村で古着を手に入れて参りましたので、お召し替え願えますか?」
目覚めたナヴェットは時間を無駄にしたとひどく恐縮していたが、その謝罪をシャラは強引に遮って古びた子ども服を掲げて見せた。
「そんなに目立ちますか? お二人も似たような装いに見えたのですが」
「あれはお客様をお迎えするための礼装でございました。日常的に着用するものではございません」
「そうなのですね。大層お似合いでしたのに」
まだ少し寝ぼけているのかもしれない。
「こちらの服の造りはご存じですか? よろしければお手伝いいたしますが」
「い、いえ結構です、分かります!」
恥じらう様子に、子ども扱いしすぎたかと少し反省する。
「構造は存じ上げているのですが、その……」
ナヴェットは随分と歯切れの悪い様子を見せる。
「今身に着けているもののいくつかは、人前で外すことを禁忌とされておりまして……」
「禁忌ですか」
それは厄介そうな代物だ。地域に根差す風習等は合理性では解決しない。
普通なら事前に相手の文化を予習するのだが、今回は突発的事態かつ相手の情報すら伏せられていたので、直接ヒアリングするしかなさそうだ。
詳しく聞いたところ、旅路において一番の懸念点であった柔らかな布地の長衣は着替えて問題ないとのことだったが、飾り帯やボレロ・脚絆等の豪奢な織物細工の品々と、特徴的な髪飾りは外せないらいし。
「外せないだけで、覆う分には問題ございませんか?」
シャラの問いにうなずいたので、とりあえず長衣をシャツとキュロットに替えた上で、頭からポンチョを被ることとなった。
「これで何とか過ごせそうでしょうか」
ナヴェットが姿見の前で心もとなげに身体をひねる。
「はい、足元は少々目立ちますが、許容範囲でしょう。あとお顔の紋様のお化粧なのですが、そちらは落としても?」
「あ、これ落ちないのです。化粧ではなく刺青ですので」
——え
かろうじて声は飲み込んだが、恐らく顔には出てしまった。
「やはり外の方には珍しい装いなのですね」
「そうですね……地方によるとは存じますが」
ナヴェットの顔には頬からこめかみにかけて、独特な紋が大きく入っている。
刺青の風習自体は今もいくつかの共同体に存在することは知っているが、こんな子どもにと言うのは聞いたことがない。
——施術には相当な痛みが伴うはずだけど……
ともあれ存在を秘匿したがっている集団だと聞いているのに、連れ歩く難易度が高すぎる。
「それは逆に……化粧でお隠ししても問題ないものでしょうか?」
「まあ、そんなこともできるのですね!」
侮辱と受け取られないか恐れながら確認したが、ナヴェットの明るい反応にシャラは安堵する。
こういう細かい手作業はシュロが得意としていた。
携帯用の小さい容器に詰められた液体・クリーム・粉等を、化粧台に手際よく並べる。その様子を見つめるナヴェットは、興味津々と言った面持ちだ。
並べた道具を順番に手に取り、指先や筆・パフ等を駆使しながらシュロは繊細な手つきで自然な肌色に仕上げていった。
「せっかくこんなに美しい意匠を、隠させてしまい申し訳ございません」
ナヴェットの顔に指を滑らせている間、シュロはしきりに詫びていた。
こうしたものには何らかの重要な思いが託されているものだ。覆い隠すのはそれを否定するようで、装飾の根源的な意図は分からずとも心が痛む。
「いえそんな、土地が変われば人の見方も変わるもの、私の方が合わせるのが当然でございます。それに、こうして人様に丁寧に肌を仕上げていただくのも気持ちよいものですね」
当のナヴェットが楽しそうなのが救いだ。鏡に映る自分を興味深そうに見つめている。
「シュロ様の手業は驚異的ですね。里にも化粧を好んで行う者はおりますが、これはまるで別の技術です」
「何かと重宝しますので」
返答は控えめだが、ナヴェット本人が仕上がりを気に入っている様子にシュロも嬉しそうだ。
「良いですね、さすがシュロの手腕です。これなら必要以上に人目を引くこともないでしょう。では仕上げでございます、ナヴェット様」
ナヴェットの全身をぐるりと確認してから、シャラはナヴェットを改めて正面から見つめた。
「我々に対してもう少しくだけた話し方はできますでしょうか? 少なくとも、『様』はやめていただきたく」
「えぇっ!?」
なぜか今までで一番動揺された。
「無理です! どうしてそんな」
「我々三人が一緒に歩いて不自然でないのは、『良家の令嬢のお忍び旅行にお供する従者』の体だと考えました。姉妹や親子には見えませんし、ナヴェット様が多少この地の習慣に不案内でも誤魔化しやすいのです」
実際ナヴェットからは謎の気品が滲み出しがちなので、無理に隠すよりも嘘に利用した方が得策だろう。
「くだけた……は難しいです…… その、訛りが違いすぎると思います……」
なるほど。確かに慣れ親しんだ言葉でないと、くだけた表現はかえって難しい。
ナヴェットの徹底した丁寧な話しぶりには、そうした一因もあったようだ。
「では言葉使いは出来る範囲で結構です。令嬢ですからそこまで不自然ではないでしょう。私たちへの態度だけ、意識していただけましたら」
「し……シ、シャラ……と……お呼びせねばならない、と言うことですか?」
鬼気迫る決意で、ようやく言葉を絞り出しているように見える。少し可哀想になる位だ。
「はい、その通りです。私どもも少しトーンを調整しましょう。生活を共にしている空気感は出さねば」
シャラの目配せに、シュロがうなずく。
「ではナヴェット様、慣らしを兼ねて村の中を見て歩きませんか? きっと見たことのないものが沢山あるかと」
「っ! 行きたいです!」
シャラの提案に、窮鼠のようだったナヴェットの表情がパッと輝いた。
「ではシュロはその間に残りの調査をお願いします。参りましょう、『お嬢様』」
「お気をつけて。楽しんでらしてください」
「ありがとうございます!」
満面の笑みで、いそいそとポンチョを被る様子がなんとも可愛らしく、思わずシャラも顔がゆるんだ。
ドアの先に進むナヴェットを追いつつ、改めて「後をよろしく」の意でシュロに手を振る。
「自分だって思いっきりほだされてるじゃねえか」
小さな声で掛けられた言葉に、シャラはニッといたずらな笑いを返した。




