覗く深淵:03 調査記録
「恐らくですが構造を見る限り、これは現在世界で把握されている最古の環樹と同年代か、場合によってはもっと古い可能性もあります」
根に覆われた壁を確認しながら、ナヴェットが語る。
「お二人はこの国の環樹を見たことはありますか?」
「地上部であればうちの本庁舎がありますし、公式行事などでもよく訪れますが」
「こんな深い階層は限られた人しか足を踏み入れることを許されません」
中央祭壇は、環樹を囲むように増築を繰り返された建築物群の全体を指してそう呼ばれている。地上部は主に行政組織の拠点や公共施設だ。
「祭壇」としての機能を果たす核心部分は地下深くに存在すると聞く。公に知られていることではあるが、シャラもシュロもそこを訪れたことはもちろんない。
出入りを許されるのは、特殊な血筋の家系から選ばれる「首座」と、その補佐をする者たち、および祭壇のメンテナンスに任命された者のみだ。
ちなみに逆に上層階は、首座の一族が住まう空中御殿となっている。
「同系統のものと差異を比べられたらと思ったのですが、それでは難しいですね」
長官に報告をする前に、可能な限りの状況確認は行うことにした。ナヴェットの体力が許す限りで、だが。
「刺激に対する反応を見るのも、こうも流体水晶に覆われていては分りづらいです」
一昨日と同じ手法でシャラとシュロは周囲を確認しているが、はっきりしたことは言えない。
「ただ……上層の遺跡のように、まったく反応がないというわけではなさそうです。何かを受け付けてはいる感じがあります」
「まず第一の課題は、この大量の流体水晶をどう処理するか、ということになりますね」
ナヴェットが考え込む。
流体水晶は社会に必須でありながら稀少な資源だ。こんな膨大な埋蔵地点の発見は、本来なら狂喜して然るべきなのだが。
「とりあえずは、目で見て分かるものの確認でしょうか」
まずはシャラとシュロで、歩幅で周囲を測って見取り図を作成した。普段から僻地の祭壇の記録を残すことが多いからか、非常に手際が良いことにナヴェットはまた感心した。
次は、根が集まってドーム形状を成している地点の確認だ。一目この空間を見た時から気になっていたのだが、分かりやすく「何か」がある。
「台座……でしょうか」
「大きな杯のようにも見えます」
細長い楕円形をした足つきの皿、と言えば良いだろうか。改めて近くで見るとそんな形状ものが、樹幹のちょうど真下に来るようにしつらえられていた。
その幅は、シャラが両手を広げた長さの二倍はありそうだ。それが樹幹からしたたり落ちる流体水晶を受け止め、そのまま溢れさせていた。
「特定の水晶を集めることが目的なのか、単なる奉納台か……何か作業を行う場所? もしくは何らかの計測具とか?」
ナヴェットは用途を次々連想していったが、形状は非常にシンプルな曲線になっており、考える手掛かりが少ない。
何も意味がないとは思えないが、今はただ静かに、枯れた葉や花びら、種子などが浮かんでいるのみだ。
ナヴェットは各部位を数個ずつすくい上げ、表面を軽く拭き取った上でサンプルとして保護しながら荷物へしまった。
その間シャラは端末で周辺の様子を静止映像で記録し、同時にシュロもスケッチをしている。
映像記録を残すとしても、人が重点のみを抽出したスケッチは後から参考になるものだ。何より、スケッチをする瞬間に観察の精度が上がる。
「側面の模様も意味があるのでしょうか」
かがんで側面を翅で照らし観察していたシュロが、ナヴェットに声をかける。ナヴェットも並んで覗き込んだ。
「これは……古代の文字の可能性がありますね」
「これが文字なのですか」
近隣の地で現在使われているどの言語の文字とも似ていない。象形文字のようでもあり、単なる装飾的な線の集まりにも見える。
「古い文献で見たことがあるような気がしますが、さすがに調べ直さないと私も分かりませんね。ただ、この周辺地域で使われているようなものではなかったはずです。なぜこんな場所の、しかも環樹の元にあるのか」
ナヴェットは拳を口元に当てて考え込んでいる。
「重要な手がかりになる可能性がありますので、ここも映像記録をお願いします」
ナヴェットのリクエストに応えて、シャラが携帯端末のレンズで記録した。
「あとは念のため、水晶や温泉水もサンプルとして持ち帰りたいです。何か容器になるもの、お持ちですか?」
飲み水用の水筒や革袋は、今後の行動を考えると塞ぎたくない。自分の背嚢の中身を確認しながら、シャラは気づいた。
「シュロ。持ってるでしょ。空いた瓶、いくつか」
シュロは一瞬目を逸らしたが、すぐに観念して空の陶瓶を二本差し出した。絶対もっと数があるはずだとは思ったが、シャラはそれ以上追及しなかった。
この後すぐに水場に寄れる見込みがあるので、惜しみなく水筒の飲み水で瓶を洗ってからそれぞれ流体水晶と温泉水を詰める。
「この水晶、普段使っているものより粘度が低いですね。ユラで照らしても、あまり形が定まりません」
瓶のように口が細いものに詰める上では便利で良いのだが。これが意味のある特性なのかどうかは分からない。
「持ち帰れそうなものはこんなところでしょうか」
荷物の中身を確認してから、ナヴェットが改めて周囲を見回す。
「次に来るときには、奉納ができるといいですね」
それは何気なく出た言葉だったが、言われて大樹を見上げたシャラとシュロの顔に、次第にほんのりとした高揚の色が差していった。
「そうですね、こんな場所で謡ったらきっととても気持ち良いですね」
「いくらでも翔けてしまえそうです」
こぼれた笑顔の思いがけない無防備さに、ナヴェットは虚を突かれた思いがした。
何としても、この環樹を祭壇として正常に稼働させたい。
ナヴェットのその意思に、新たな、しかしとても個人的な思いが加わった。




