覗く深淵:01 空洞
「足元が悪いです、お気をつけて」
シュロが先行し、シャラがナヴェットをエスコートする。内部は暗い。閉鎖空間で火を使うのは危険なため、二人それぞれで翅を使って周囲を照らす。
手前は単なる自然洞窟のようだった。
長年の間、付着し成長しては崩れて、を繰り返してきたのであろう、ボコボコしたひだのような質感に覆われた足場。しかし数十歩も進むと、明らかにそれは人為的なものを感じる構造に変わった。
「あれだけ高温の温泉を排出していた洞窟にしては、気温が低すぎますね」
舗装されたかのように歩きやすい小路の脇、かなり低い位置で湯気を上げながら流れる温泉川を眺めながらナヴェットが呟く。
端的に言えば、過ごし易すぎる。
もっと蒸し暑くて厳しい環境を覚悟していたし、足場がなくて引き返す可能性も想定はしていた。しかしどちらでもないこのギャップが、ここがただの自然洞窟ではないことを確信させる。
「お二人の感覚としてはどうですか」
「なんか、初日とは違う意味で気持ち悪いです」
「すべてのユラが、過敏に反応しているというか……」
気色悪い、と言う表現が似合う表情だ。
「何と言うのでしょう……乱反射とか無秩序な共鳴とか、そう言う感じです」
「鏡の迷宮に閉じ込められたような気持ちです」
言われてナヴェットは周囲を見回す。洞窟内の壁面はどこも、水が絶え間なく滴り落ちてヌルッと光を反射している。と、思っていたのだが。
「これ全部、もしかして水ではなくて流体水晶なのでは」
ナヴェットの呟きに、シャラとシュロも辺りを見回し、そして唖然とする。
「そう……かもしれません」
手を伸ばし、指先からユラを発してシャラが感触を確かめる。
「こんな大量の……」
「国家レベルの戦略物資ですよ……」
こんな大鉱床が人知れず眠っているなんて、それだけで勢力図が書き換わりかねない。
「地中で流体水晶が再結晶する条件は非常に限られています。それが起きているということは……」
気が逸り、進める足が速くなる。ナヴェットはいつの間にか、先行していたはずのシュロを追い抜いていた。
「ナヴェット様、足元が悪うございます! そんなに急がれては」
言われているそばから、ナヴェットは転んだ。一度でなく二度も、三度も。それでも先が見たい気持ちを抑えられなかった。
「離れないでください、光が届きません!」
通路はだんだんと天井が高く広い空間になっていった。二人の手にする光では周囲を照らし切れない広さになっていく。
しかし進む前方、暗闇の先に青白い光が漏れているのが見える。何かある。確実に。
その光に向かって角を曲がろうとした瞬間、ナヴェットはとうとうシャラに襟首をひっ捕まえられた。
「先に行ってはダメです! 私たちも周辺の様子が上手く認識できないのです、慎重になってください」
本気で叱られ、ナヴェットはうなだれた。
「シュロ、ナヴェット様を頼むよ」
ナヴェットの肩をシュロに抱えさせてから、シャラは光の漏れる先へと進んだ。
シャラにとって、純粋な視覚情報しか頼れない状況と言うのは非常に心細いものだった。
周囲を覆う流体水晶が無闇に共鳴するせいで、いつものように周囲の状況がつかめない。普段より遥かに用心深く、少しずつ通路を進むと、唐突に視界が開けた。
そこは恐らく、昨日反響で把握した大空間。
手前から奥まで、右手の壁を巨大なツタがビッシリ覆っている。ように見えたが、上方にそれらを束ねる元があることに気づいた。
これはツタではなく、恐らく植物の根だ。
ドーム状にまとまっているさらにその先を視線で追うと、やがてそれは一本の太い幹となり、上へ上へと視線を誘う。高い位置から所々で再び枝分かれし始め、それがほんのり光ってこの空間を照らしている。
幹はさらに上に続いているのだろうが、枝葉に視界を遮られ確認できない。
「なんだこのデカいの……」
思わず声が漏れた。
「あっナヴェット様!!」
シュロの慌てた声から一拍おいて、ナヴェットが通路から文字通り転げながら現れた。
立ち上がり辺りを見回し、上を見上げたその目が興奮で輝いているのがシャラからも見えた。
「やはり……原始環樹……!」
畏怖と喜びが混ざり合った表情で、ナヴェットはそう呟いた。
「環樹? 環樹と仰いましたか?」
理解が追いつかない。
環樹は現存する最大サイズの祭壇系譜で、この国の中央祭壇も環樹だ。山のような大きさの樹木形態をとり、地中から地表、上空のユラを循環させ、満遍なく揺する。
流体水晶の大半は環樹の周辺で採取される。表面から樹液のように滲み出たり、種子のように結実したりと形態は様々だ。
環樹は一国の象徴かつ力の源泉になり得る存在で、世界全土でも限られた本数しか把握されていない。これが同じ国の中でもう1本あるなど、とんでもない話だ。
「はい、祭壇に『成る』前の状態は初めて見ましたが、きっとそうです」
「『成る』って…… じゃあその前って何なんですか?」
ナヴェットを追って来たシュロも、ナヴェットの言葉に困惑している。
「世界に、まだこんなものが残っていただなんて……!」
呆然と立ちすくむ自分たちとは対照的に、ナヴェットの表情には驚き・畏れと同時に隠し切れない「未知と出会う喜び」が滲んでいる。
目の前の光景に魅了され、自分たちのことがほとんど意識から外れている様子ナヴェットを、シャラは初めて、少しだけ怖いと思った。
「一緒に祭壇を見てしまったら選択肢がなくなる」と言ったとき、ナヴェットが想像していたものはこれだったのだろうか。




