黙する祠:07 源流
「シャラの話によると地底湖のようになっていると思われるので、小川などを遡るのが良さそうですよね」
昼食をつまんでから出発し、途中休憩の昼寝を経て、一行は山小屋付近に戻ってきた。
「沢登りは足元も悪いので難易度高いですが……まあ、ナヴェット様なら問題ないですかね」
ここ数日の様子を見て、そうした心配をするのはむしろ失礼だと思うようにすらなっている。
「今回はだいたい目指す位置も分かっておりますし、一昨日仕掛け罠を置いた辺りから始めましょうか」
そうして小川を遡り始めてみたが、どうも目指す場所の方向につながらない。
伏流なども探りながら歩いたが、シャラが探知した大きな道筋とは異なる流れにたどり着いてしまう。水が通っていても人が通れないのでは意味がない。
「これで見つかれば『勘と観察眼が良かった』で言い訳できる範囲かと思ったのですが、そう簡単には行きませんでしたね」
いったん本日の探索を打ち切って山小屋へ向かいながら、ナヴェットが肩を落とす。
「明日も難儀するようなら、この付近でもう一度探査波を撃ってみましょうか」
「それも良いですが、そんなに連日で野営する前提の準備はしてきておりませんので、明日はいったん麓の街に戻りましょう」
シュロの提案に対しシャラは別の提案する。
ナヴェットのおかげで節約できているとはいえ、元々がせいぜい一~二泊を前提としていたのだ。
本気で山に籠るつもりならその技術は持っているが、サバイバルよりは調査に時間と気力を当てたい。なにせナヴェットの体力は最大容量が低いのだから。
あと恐らく、そろそろシュロの燃料が底をつく。
「そう……ですよね……」
「根を詰めすぎるのもよくありません、気分転換も大切です」
口では賛同しつつも露骨に不満そうな表情のナヴェットを、シャラは根気強く説得する。
「大仕事の前にはリラックスも大事と仰ったのはナヴェット様ご自身ではありませんか」
シュロも後に続き、何かを思いついた顔をした。
「そうです、今夜はナヴェット様が温泉にお入りになればよろしいのでは」
「うっ……ナヴェット様が温泉ですか……」
あの朝の光景を思い出し、ついシャラは頭を押さえてしまった。
結果的に勘違いだったとはいえ、精神に刻まれた傷は簡単に消えてはくれない。
「あの、すいません申し訳なかったと思っております!」
シャラが何を考えているか察したナヴェットが慌てて再度謝罪する。
「見つけたのが私でまだ良かったです……シュロだったら本当に心臓が止まっていたのではないかと……」
「そんなにですか!? そこまででしたでしょうか!?」
「そんなにだったん?」
シュロには発見時の詳細な状況までは共有していない。
「んん~ぅ、申し訳ないとは思いつつ、ちょっと納得いきません…… いったいお二人には私がどう見えておられるのやら」
自分の手をあちこちの角度から見つめながらナヴェットはぶつぶつ言っている。その仕草にシャラはふっと小さく吹き出す。
「まあナヴェット様には野湯での入浴なんていう、新境地を教えていただきましたからね。それでチャラ……にはなりませんが、だいぶ差っ引いておきましょう」
「まだだいぶ残っていそう!」
「でもそれは本当に感謝です、今後の旅の楽しみが増えました」
シュロは「温泉酒」が憧れだったと言うのだから、喜びもひとしおだったろう。
「そこまで喜んでいただけたなら、私としても嬉しいですね」
二人を見上げてナヴェットが満足げに微笑む。
「あれほど条件がいい箇所は珍しいでしょうが、お二人ならその気になれば温泉街から辿って周辺の湧出地を探すことも…… あ。」
ナヴェットは話しながら、唐突に何かに気づいた様子だ。
「あれって……地底湖というか、地底温泉の可能性があるのでは」
「お」
「なるほど?」
大いにあり得る。自分たちで便宜上呼んだ「地底湖」という響きに意識が引っ張られ、可能性を見落としていたようだ。
「あの温泉がどこから湧いているのか探しましょう!」
「今日は休まないとダメですよ、探すのは明日にしましょう」
放っておくと限界まで動き続けそうなナヴェットを、シャラが制止する。
「ちょっとだけ、ちょっとだけですから!」
そう言って粘ろうとする姿は、やはり年上になど到底見えない。
ナヴェットがどういう存在なのかは不明だが、身体だけでなく精神もやはり子どものままの部分があるのではないか、とシャラは思った。
「ここじゃないですか!?」
次の日、三人は朝から浴場遺跡を遡って源泉を探した。湯気と共に流れる温泉川は、普通の小川よりむしろ見失いづらく追いやすいくらいだった。
時々藪にぶつかるのを山刀や翅を使って切り払いつつ、そこまで苦労せず流出元となる岩壁にたどり着くことができた。
「地図に引いたラインの延長線とも合いますね」
方位磁針で確認しながらシャラも同意する。
「確認してみましょう」
シュロが両手それぞれに流体水晶を持って岩壁に当て、簡易的に反響を測る。
「合っていそうです、この奥にまあまあの大きさの空洞……かな? まあ、あると思います」
言葉が微妙に自信なさげなのは、昨日シャラが感じた謎の反響の乱れをシュロも感じ取ったのだろう。しかしともあれ、辿れる可能性があるなら行ってみるしかない。
「やりましたね!」
「まだ入り口ですよ」
昼までに見つけられなかったらいったん街に戻る約束をしていたためか、ナヴェットは早めに見つかったことが一層嬉しそうだ。シャラは苦笑しながらたしなめる。
「少し上に登りましょう。ここを崩すと熱湯を浴びかねません」
シュロの案内に沿って軽く迂回しながら斜面を登り、一見すると何の変哲もない岩肌の前で再度確認をする。
念のため小さい穴を開けて温度や有毒ガスの有無をチェックするが、いずれも問題なし。
崩落が起きなさそうな位置を丹念に探ってから、シュロが超高周波の翅を詰めた流体水晶を定めた岩に当てた。
「念のため下がっていてください」
シャラがナヴェットをかばうように離れたのを確認し、シュロが翅を起動した。
瞬間、水晶が触れていた位置からまるで溶けるように、岩が砂となって崩れ落ちる。
「色々な翅を準備していたのですねえ」
手際の良さにナヴェットが改めて感嘆の声を上げる。
「昨日からの探索もそうですし、野宿にもかなり手慣れておられましたよね。行政府の皆さんてもっと屋内業務がメインかと思っておりましたが」
「結果的にそうなる職員は多いですが」
「祭壇の中には人里から離れた場所に残っているものも多いですからね。一応、訓練生の課程に野営実習も含まれています」
他の職員を思い出そうと考え込むシュロと、それを引き取って答えるシャラ。
「しかしシュロの言う通りなので、大半の人はそのまま忘れるでしょうね。我々のように各地を回る業務だと、実践機会が多いのですけど」
「なるほど。頼もしい限りです」
「しかしこの山と似た状況は経験がありません。気を付けて進みましょう」
改めて注意喚起するシャラに、ナヴェットはこくりとうなずいた。




