黙する祠:04 野営
「『だいたい』この辺が中心地だと思うのですが」
「まあ、『だいたい』、ですよね」
「『だいたい』としか言えませんよね」
先ほどの地図の書き込みと現在地を見比べながら、三人で辺りを見回す。
当てにしている円の輪郭が、そもそも異常の分布傾向から描いた近似線でしかないのだ。中心点が「ここ」とピンポイントで示せるわけではない。
見れば分かるような何かがあれば僥倖と思ってはいたが、もちろんそんな都合良く見つかることはなかった。
探索にはそれなりの時間と根気が必要になるだろう。間もなく日暮れという時間に開始するのは無謀だ。
「分かっていましたけど、気が逸ってしまいました、すいません……」
ようやく落ち着き始めたナヴェットがバツの悪そうな顔をする。
「ナヴェット様の新たな側面を拝見できました」
シュロはむしろ楽しそうだ。
「本格的な調査は明日にして、今日は雨風を凌ぎやすい場所を探しましょう」
もしかしてルート計画に関しては、ナヴェットの意見は尊重しない方が良いのでは?と思いつつシャラは仕切り直した。
いわゆる「専門馬鹿」の匂いがする。シャラとして大好物ではあるが、この類の人種に日常生活のコントロールは渡すべきではない。
「はい…… 温泉が湧くような土地です、地質に隙間が多いはず。洞窟や鍾乳洞も探せば見つかるのではないでしょうか」
こういうところはしっかり博識だ。
そうした穴蔵は往々にして野生動物の巣になっている場合もあるので、シャラとシュロは慎重に気配を探りながら本日の休息地を選んだ。
「濃密な一日でしたね。一月くらい経ったような気がします」
「さすがに言いすぎですよ」
横穴の入口で獣除けの火を焚きながら息をつくシャラに、ナヴェットが可笑しそうに笑う。シャラとしてはまったく誇張ではなかったのだが。
夕飯は元々携行していた保存食料ではあったが、ナヴェットのおかげで途中で摘んだ香草や野鳥の卵が追加され、またしても野営とは思えない満足度となった。
歩き疲れたのだろう、ナヴェットは食後間もなく眠ってしまい、シャラとシュロは夜間の火の番の順を決めた。
「寝るのも仕事のうちだよ」
先に寝る番のはずなのにいつまでも起きているシュロを、シャラが穏やかにたしなめる。
「分かってる」
シュロは眠るナヴェットをずっと見つめていた。
何も言わずとも分かる。またナヴェットが消えないか、頭で分かっていても不安になるのだ。
今朝のあの狼狽ぶりを考えると無理もない。
「手を握って寝たら? シュロならきっと、ナヴェットも怒らないよ」
「……そうかな」
そんなんじゃない、と反発すると思っていた妹の、想定外の素直な反応にシャラは少し驚いた。そして同時に心配になった。
結局シュロは寝つきのためにと言って薄型水筒から少し酒を呷った後、シャラの冗談交じりの提案の通り、ナヴェットの手を握りながら眠った。
夜の山の賑やかさに一人で耳を澄ませながら、シャラは眠気覚ましの葉をパイプで燻らせる。摂揺で使うものではない、嗜好品として流通している覚醒作用の強いものだ。
風向きに気を付けて煙を吐きつつ、並んだ二人の寝顔を眺める。それは一幅の絵画かと思わせる麗しい光景でありながら、シャラの不安を掻き立てた。
この子は、「仕事」が終わった後、ちゃんとナヴェットと上手にお別れできるのだろうか。
その晩、シュロと火の番を交代した後、シャラは何か嫌な夢を見た気がする。詳細は記憶に残らなかったが、焦燥感・無力感・そしていくばくかの郷愁、そんなもののないまぜになった感覚だけが身体に残った。
『ダメだ!!』
自分の脳内の声と同時に目を覚ましたシャラの目に映ったのは、明るく穏やかな山の風景だった。急速に夢の記憶は遠のき、霧散していく。しかし早鐘のような鼓動だけは、すぐには収まらない。
ダメって何がだ?
自嘲気味に自分につっこみながら体を起こすと、火の脇に座っていたナヴェットと目が合った。
「おはようございます、シャラ。すいません、私がわがままを言ったせいでお二人に無理をさせましたね」
ナヴェットの笑みがいつもよりも労りを感じさせる。もしかすると、自分はうなされていたのかもしれない。
「おはようございます、ナヴェット様。寝過ごしましたかね、失礼しました。最近はぬくぬくとした宿屋暮らしが多かったので、腑抜けてしまったようです」
強がりは見抜かれているだろうと思いつつ、シャラは精一杯の笑みを浮かべた。
「シュロは?」
「ちょうど今しがた、水を汲みに行くと出て行きました。シャラももう起きるから大丈夫だろう、と」
そこでナヴェットが軽く吹き出す。
「なんで分かるんだろうと思いましたけど、本当でしたね」
自分が昨夜二人の寝顔を見ていたように、二人に自分の寝顔を見られたのだと思うと急に気恥ずかしい気持ちになった。
温めたお湯を少しもらって顔に剃刀を当て、髪を整えたりと身支度をしている間に、シュロが帰ってきた。
「ん、起きたか」
こちらの顔を見ると、手にしていたものをシャラに押し付けるように渡してきた。
「……水? じゃないね、炭酸水?」
それは革袋とは別に汲んできたらしい、発泡している冷水だった。蓋をすると危険なので、普段使いのマグに注がれている。
「近くに湧いている場所見つけた。好きだろ、スッキリするぞ」
顔も声もいつも通りの不愛想なものだが、明らかに気遣われている。自分はそんなにヤバい寝顔をさらしていたのだろうか。
「ナヴェット様は炭酸水、お好きですか?」
驚いている間にさっさとシュロはナヴェットの方に去ってしまったため、礼を言うタイミングを逸した。
一口飲むと、鼻の奥から脳天に向けて心地よい刺激が貫き、思考の霞が晴らされる。
「イタタタタタタ! これ痛いです!」
飲んだことはないが飲んでみたい、と言ったナヴェットが、これまた予想どおりの反応をするのにシャラとシュロは大声で笑った。
そうこうしている間に、シャラの身体から悪夢の余韻は消えていった。




