黙する祠:03 金紅墨
「断言はできませんが……そう仮定して進めた方が良いと、私は考えます」
なんということだ。シャラは先ほどの疲労しきった分析チームが気の毒に思えてきた。
「ここもユラに関する何らかの機構の一部であるとは思いますが、普段我々が接している祭壇とは異なるものかと」
「結果的に、あの反応の無さも納得ですね」
シュロも改めて周囲を見回している。
「となると次に行うべきは、円環の中心地の調査ですか」
「はい、そう……したい……です」
シャラの問いに答えるナヴェットが、まさに「突然に」と言う勢いで元気がなくなってきた。これは。
「大変シュロ、お昼寝の時間だ! 横になれる場所探して」
シュロが慌てて調査隊の休憩スペースらしき場所を片付ける。
「いや……なんとか次の場所までは……」
「無茶です、そういえば既に普段よりだいぶ遅いです」
そもそも朝が早かったのだ、こんな時間まで気が回らず無理をさせてしまったことをシャラは悔いた。
「面白い……とこなのに……悔……し……」
力尽き寝息を立て始めたナヴェットを抱え、シュロが整えた長椅子にそっと運ぶ。
「やはり子どもにしか見えない……」
その寝顔を見ながら、シャラはしみじみと呟いた。
「でもさっきのが、ナヴェットの本領発揮なんだよな」
シュロはナヴェットの髪の毛を解いてほぐしてやっている。あちこち巻いて盛った髪形のままでは、横になるには邪魔になる。
「これつまりさ、道中でウチらが経過の詳細を共有してたらさ、もっと早くに分かったことだったよね」
ナヴェットと共に書き上げた地図を改めて眺めながら、シャラは苦い気持ちを噛みしめていた。
「すごい子だと思ってはいたけど、やっぱりウチらまだまだナヴェットのことを侮っていたよね……」
「だな……」
多くの人の時間を無駄にさせてしまったことに、自責の念を禁じ得ない。
「でもどちらにせよ、ここに来ないままとはいかなかっただろうし、同じじゃないか」
確かにシュロの言うとおりではある。
事前に仮説を立てていたとしても、現場確認なしに「祭壇ではない」と結論づけられはしなかっただろう。
「調査隊の通信設備使って、長官に連絡しないとだろ? その後できれば親父に」
「そっちもあったー!」
シャラはナヴェットの眠る長椅子のへりに崩れ落ちた。
「あーーーう~ん、でも今の状況って『祭壇をご覧いただく』を達成できてると思う?」
「解釈が難しいところだ」
自分たちの見立てでは、ここは十中八九、祭壇ではない。しかし問題は、長官がそれを見越していたのかどうかだ。
「そもそも『祭壇を解析してから』じゃなくて『ご覧いただいてから』お連れしろって指示が曖昧すぎるんだよな。チラ見でいいのか?っていう」
「それなんだよね。ルート上の遠回りはそれ程でも無いとは言え、それならなんで先に長官の元へ直行させないんだろう」
話していると考えがまとまってくる。
「……って考えると、何かしら『本物の祭壇』を見つけてから連絡するべきな予感がする。長官がどこまで分かってて指示したか不明とは言え」
「さすがに今日中に往復は難しいよな。となると明日以降、また調査隊の面々と顔を合わせなくてはならんか」
「はー憂鬱」
ナヴェットに語った内容は本心ではあるが、それはそれとして面倒なものは面倒だ。
「絶対また新たな噂が生まれてるな」
「『長官とデキてる』は確実だね」
「節操なさすぎだろ」
シュロは心底うんざりした顔だ。
「みんなホンットその手の噂好きだよなあ」
「世間ではそれを『有名税』と言うらしいですが」
「有名になるようなことウチらしてるか?」
あんな名で呼ばれてもまだ自覚が足りないようだ。
「どちらにせよなんでこっちが税を徴収される側なんだ、逆に噂してる奴らからむしり取らせろ」
「ははっ そしたらあっという間に大金持ちだ」
与太話をしながら端末を開き、報告書を書き始める。
「シュロも今のうちに消耗品チェックしといてね。翅は足りてる? ここなら製版機もあるし、耗ってる版があれば作らせてもらっちゃって」
「こないだ馬車で使った位だけど……探索に便利そうなのは刷り足しておくか。金紅墨も少しもらっとこ」
***
「翅」とは流体水晶に埋め込む実行指示書の俗称だ。見た目が蝶の翅脈に似ていることからそう呼ばれる。
水晶の振動を制御するためのもので、発生させたい現象に応じた譜を専用のインク「金紅墨」で綴って作る。
活揺士たちは基本的に、よく使う譜は凹版を作って金紅墨を薄く流し、翅を量産しておく。
適切な譜を組む知識・精緻に綴る指先の技術・どこまでを版にしどこを実行時に書き足すかの塩梅等に、活揺士としての経験の差が現れる。
そしてそれ以上に重要な資質が、「実行時に己のユラをどの程度の量・正確さで流体水晶に込めることができるか」という点だ。
この制御力が活揺士としての才能と呼ばれ、これが高ければ譜の精度が低くとも補える。
実際にはシャラとシュロは、流体水晶も翅も無しに活揺士と同じこと、場合によってはそれ以上のことができる。
しかし他人にそれを気取られないよう、「普通どの程度の準備でどの程度のことを起こせるか」を体で覚えるために、普段からできるだけ道具を使うように心がけている。「できるだけ」ではあるが。
***
「もしかしてナヴェットって翅作るのも得意なんじゃないか」
調査隊の備品を借りて翅を刷りながら、ふとシュロは思いついたことを口にした。
「あれだけ知識があって指先が器用なら、可能性高いねえ。今度訊いてみようか」
昨日分の報告書も含め書き終わり、自分も翅の在庫を確認していたシャラも同意する。
二人とも、譜を組むのはそんなに好きな方ではないので、つい最後の「ユラを込める」の段階で誤魔化そうとしてしまう。その癖はいつも師匠から咎められたが、そう言う師匠自身も天才肌なので教えるのがそう上手い方ではなかったと二人は思う。
その点ナヴェットなら、分かりやすく教えてくれそうな気がする。
そんな話をしながら作業をしているうちにナヴェットが目覚めたので、シャラはいつもの携帯燃料で湯を沸かして茶の用意をした。
なお、こうした日常の用途で活揺を用いない理由は簡単で、燃料より金紅墨の方が遥かに高価だからだ。
「今から円の中心地まで行くと、恐らくその辺りで日が暮れるかと」
本日のおやつとして、ナヴェット自身が道中で見つけた野イチゴを添えて出しながら、シャラが説明する。
「そうなると野宿になります。それよりは、今日は今朝の山小屋まで戻って明日出直す方が良いかと思いますがいかがでしょう」
「いえ、行きましょう。野宿も慣れているのでご心配なく。先ほどの説が正しいか、早く確かめたいです」
まだ声は眠そうではあるが、瞳は抑えきれない好奇心で輝いている。
「山の天気は読みづらいですが……これだけユラが安定しているなら、今見える通りで問題ないでしょう」
シャラの心配そうな視線を受け、シュロが空を見ながら答える。
「分かりました。昨日のナヴェット様のおかげで食料も燃料も余裕がありますし、水場を探しながら歩くことにいたしましょう」
シャラとしては安全策を採りたいところだったが、今後は方針検討にナヴェットの意見を取り入れると今朝決めたばかりなので、その意思を尊重することにした。
黒板の空きスペースに「調査協力」へのお礼を丁重にしたため、周辺調査の後再度立ち寄る予定である旨を書き添える。
明日この書置きを見つけた隊員はいったいどんな顔をするだろうか。




