黙する祠:01 探索的分析
「前にも申しましたが、とにかく最初の一歩で躓いているらしいんですよね。交信開始の糸口がない」
祭壇の周りに軽く花弁を振りまいて、反応を見ながらシャラが言う。
大規模祭儀の時に振りまくこれは、活揺によく使われる流体水晶の剥片だ。特定の負荷に反応して振動し、ユラと共鳴を起こすので様子見にも使いやすい。
「生体認証だったらお手上げですから、さすがに違うと信じたいのですが」
「お二人なら生体認証も何とかなるのでは?」
ナヴェットの無邪気な質問に、二人はとんでもないと首を横に振る。
「試みたことはありませんが、万が一何とかしちゃったらヤバいです」
「国家転覆級の危険因子として抹殺されかねません」
たとえば国の根幹を担う中央祭壇には、代々血筋で選ばれた者にしか行えない祭儀があり、それにより求心力を高めている側面がある。
国土全体に影響を及ぼすそれをもし二人が同じように出来てしまったら……どんな陰謀・策略に巻き込まれるか分かったものではない。
「仮に生体認証だとしても、普通はバックアップの別経路があるものですしね。その痕跡を探すのが最初の一歩ですね」
ナヴェットは額のレンズを目の前に下ろし、シャラとシュロの行動で起きるユラの軌跡を丹念に観察する。
「音声認識でもなさそうなんですよね」
シャラがいくつかの主流儀典に基づいた謡をしても、反応がない。
「最初は言語が違うのかと思いましたが、そもそも判定する意思そのものがないように見えます」
間違いなら間違いで拒絶の相が現れるものなのだが、それが一切見られないのだと言う。
「シュロの直接接触でも反応ありませんし」
手の笏杖でスルスルとあちこち探ってみるが、何の手応えも感じないらしい。
「お二人がいると、仮説の棄却が恐ろしいスピードで進みますね」
どんどん進む分析に、ナヴェットが慄いた声を漏らした。
未知のものに対する探索的分析は、「何であるか」を探すのではなく、「何ではないか」の確認を繰り返し、選択肢を狭めることで正解に近づいていく。
言うのは簡単だが、一つの可能性を「ほぼ有り得ない」と結論づけるためには多くの検証が必要であり、時間がかかるものだ。
しかしこの二人がいると、「無い」ものは無いとあっという間に分かってしまう。
その差は圧倒的で、シャラが数分でたどり着いた「音声認識ではない」と言う結論を選ぶためだけで、恐らくあの分析チームは何日も費やしたに違いない。
例えるなら、常人が広さも知らぬ暗闇の中で掌ほどの光をあちこちに向けながら「この空間に石は落ちているのかいないのか」を確認している間に、一目で空間全部を視認して「無い」と認識できるようなものだ。
「私はもちろんありがたいですけど…… 普段どうやってそれ説明しているんです?」
「前に申しました通り、シュロが入ってくるまでの一年は本当に大変だったんです」
ナヴェットの問いに、シャラがそれはそれは深いため息を吐く。
「理由を説明できなければ沈黙するしかありませんが、周囲が無駄なことに時間を費やすのを見続けるのも辛い物があり……かと言って何か少し助言すれば『理論は未熟なのにやたら勘のいい生意気な若造』です」
「一応シャラも私も、『理論』の勉強もまあまあ頑張ったんですけどね。でも見れば分かるものを回りくどい方法で説明して証明する、という行為に楽しみを見いだせなかったと言いますか」
「理論の方が間違っているように感じることもありますけど、うっかりそう回答すると試験では誤答にされますし」
「きっと誰にも共感されない悩みでしょうねえ」
先ほどの同僚たちの反応が少し理解できる気がしてしまった。
「でもだから、シュロとやる特命官の仕事は楽しいですよ。過程を気にせずとにかく不具合を解消することに集中すれば良いのですからね。引継書やら報告書やらに書くことはだいたい後付けです」
「ナヴェット様がいてくだされば、その『後付け』もさらに楽になるのでしょうが」
「シュロは今も大して『後付け』頑張ってないでしょ」
二人の間のくだけた顔を、自分にも少し見せてくれるようになっていることを、ナヴェットは密かに嬉しく思っていた。
確かにこの二人と各地の祭壇を巡ることができたらどれだけ楽しいか、と見てはいけない夢を見てしまいそうになる。
「調査隊の彼らは今、他にユラで起こしやすい刺激を与えて反応を見ている最中らしいです」
「熱変化・電流・光・衝撃波・磁力あたりですかね、残されている機材を見ると」
「我々もそれを試してみても構いませんが……ナヴェット様はどう進めるのが良いと考えますか?」
二人のその問いは、このやり方の延長で道が開けるとは感じていなさそうに聞こえた。そしてナヴェット自身も同感だった。
「そうですね……ちょっと初心に返って、基礎情報を見直してみましょうか」
ナヴェットの提案に二人がうなずいた。




