嗤う酒神:03 天職
「あのー、二人の普段のお仕事って……」
「各地の祭壇をメンテナンスするだけの簡単なお仕事です」
「って聞いておりましたけど、今のは……」
無人になった祭壇で機材に残る情報等を確かめているシュロに、ナヴェットが恐る恐る尋ねる。
「誤解されやすいんですよね。別に粗探しをしに回っているわけじゃないんですけど」
シュロが肩をすくめる。
「私たちは本当に、不調だったりその前兆が見られる祭壇に派遣されてそれを解消する、ただそれだけの業務分掌なんです。しかし、ユラの流れはどうしても利害関係が絡みやすいので……」
たとえば最初の漁村の豊漁が、近隣の日照りや不漁と表裏一体だったように。利益と利益のせめぎ合いが本質的に存在する。
「調べてみたら、祭壇の不調ではなく人間の不正だった、なんてことがザラにあります」
なお実際の所、二人があまりにも的確に後ろ暗い人間を見抜いて来るので、上司は疑わしい現場を優先的にこの組に割り当てているがそれはシュロのあずかり知らぬところだ。
「なるほど、憎まれ役ですねえ……」
ナヴェットからすると、こんなに心優しい二人があんな目で見られているのは正直悔しく感じる。
「私たちとしても人に見られていない方が自由な形式で祭儀を行えますし、その……深い人間関係を築くと『面倒』が起きやすいので、ちょうど良いです」
「そういうものでしょうか……」
腑に落ちない顔をしているナヴェットに、シュロが小さく微笑む。
「ナヴェット様がそんな顔をなさる必要はありませんよ。私はユラに乗って翔けたり、整えたユラの流れを眺めるのがただ好きなんです。好きなことをしていたらお給料がもらえるんです、なんて自分は幸運なんだろうと思っているんですよ」
そう言うシュロの顔には、建て前や虚勢ではなく本心であることがよく分かる透明さがあった。
解放されたメガネの男が一目散にキャンプへ帰るのを見送ってから、ナヴェットとシュロはシャラの元へ向かった。
「やっと静かになりましたね。お騒がせしました」
グーッと身体を伸ばしながら、シャラがナヴェットに微笑む。
「今の彼はまあまあ話が面白かったですね。さすがシュロの人選です」
「どういう基準で選んだのですか?」
ナヴェットから見て、先ほどのメガネの男性は特筆すべき特徴があるようには見えなかった。
「明らかに後ろめたそうなのがいたらソイツにするんですけど、今日はそういうのはいなかったので勘と言うか」
シュロは少し首を傾げて考えた。
「強いて言うなら、ワクワク仕事してるのが漏れてたからですかね。シャラが好きそうだなって」
「なるほど。さすがシュロは目がいいですね」
ふふ、とナヴェットは小さく笑った。
この疲労感に支配された場所でワクワクできるなら、確かになかなかの逸材だ。
「あの状況でしっかりナヴェット様のこと見てたらしく、紋様や髪型について考察してましたよ」
「髪型は即席で特に意味はないのに、ちょっと申し訳なくなりますね」
「ほとんどの皆は私しか見ていなかっただろうに、ああいうのがいるとやりづらいんですよね」
「そう、それですよ」
やりづらいと言いながらシャラは嬉しそうだが、やはりナヴェットは物申したかった。
「なんでわざわざ、あんな憎まれるような言動をするのですか。シャラなら他にいくらでもやりようがあるのでは?」
「……ナヴェット様、もしかして私たちのために怒ってくださっているのですか?」
ナヴェットは答えなかったが、代わりにシュロがうなずいた。
「はは、ありがとうございます。もちろん毎回あんな風ってわけじゃありませんよ、場面に応じてです。今回は……タイミングが悪くて出だしから好感度が地に落ちている様子だったので、上げるより落としきる方が早そうだと考えただけです」
「それって私の……」
「ナヴェット様のせいではありませんよ、悪いのは全て長官です」
たぶん心の底からの本音だろう、力の込められた言葉。
「長官の名前を出したのは多少の腹いせです。会っても内緒にしておいてくださいね」
人差し指を口に当てながら笑うシャラは、小悪魔のように魅力的だ。良くも悪くも、話題になりやすいのは仕方がないのかもしれない。
「……ナヴェット様、そんな顔なさらないでください。私はこの仕事が気に入っているのです」
それでも顔が晴れないナヴェットに、シャラが優しく続ける。
「私はシュロと行う祭儀が好きなんです。あちこちの祭壇を巡るのも。経費で旅をした上に、堂々と人払いして自分たちだけで祭儀ができるなんて立場、なかなか得られませんよ。なんて贅沢なんだろうって思ってます」
その顔は、先ほどのシュロと全く同じだった。
「そうなのですね。すいません、余計なことを言いました」
そんな顔をされては、ナヴェットにこれ以上言えることなど無い。
「お二人が色々言われてるのが聞こえて口惜しくなってしまい……あ、でも『ディオニュソスの双杯』ってお二人のことですよね、あれは素敵な呼び名でしたね」
「忘れてください」
「誰かさんのおかげで大変に恥ずかしい二つ名がつけられてしまいました。とんだとばっちりです」
ナヴェットは本心で良い名だと思ったのに、二人の死んだ目にたじろぐ。
「え……ディオニュソスって擬人化される際は大層美しい……中性的な美青年で描かれるので……」
古の酒神の名を冠した呼び名をつけられてしまったのは、もちろんシュロの素行が周囲にバレているからだ。ナヴェットは、シュロが酒を好んで嗜むことにはもちろん気づいていたが、その総量および頻度についてはまだ知らない。
「お二人にピッタリだなって思ったのですが……」
「「忘れてください」」
「あ、はい、分かりました」
ナヴェットは今後この話題には触れないよう気をつけようと思った。
「さて、そんな楽しいお仕事を失わないで済むように頑張って働かなくては」
話題を切り替えるように、シャラは椅子から立ち上がった。
「一通り、何を試して上手く行かなかったかは聞きましたが…… 見落としもあるかもしれませんし、我々もなぞりますか」




