揺らがぬ身体:03 合わせ鏡
――え?え?え?
――年上? 冗談だろう?
――しかしこの場面でそんな冗談を言うか? あのナヴェットが?
――それにしても親に近い年代だなんて、まさか。
――でも、もし本当だとしたら?
――つまり?
二人それぞれの頭の中で、今までのあらゆる場面が走馬灯のように巡る。
あの時自分は何と言った? 何をした?
ものすごく無礼なことをしていなかったか?
とても恥ずかしいことを言わなかったか?
呆けた顔で固まる二人に、ナヴェットは申し訳なさそうにモジモジとしていた。
「ごめんなさい、お二人が本当に優しいのが、嬉しいけれどずっと申し訳なくて、いたたまれなくて。打ち明けたかったのですが、そちらだけ話しても信じてもらえるとは思えなかったので……」
確かに、きっと信じはしなかっただろう。しかし既に「あるはずのない存在」を見た今では、そういうこともあり得るかもしれないと自然に思えてしまう。むしろ合点が行く点がいくつも思い浮かぶ位だ。
「昔は私も子ども扱いされるのが嫌でわがままを言って。成人の刺青も入れてもらったんですけど…… でもそれで解決するものではありませんでしたね」
ナヴェットが軽くため息をつく。
「私を昔から知っているはずの里の人ですらそうなのですから、そこはもう諦めていました。でも、それなのに」
ナヴェットは改めて二人の目を順に、まっすぐ見つめた。
「私を幼子だと思いながらも侮らず、力があるのだからちゃんと責務を果たせ、人として研究者として高みを目指せと真摯に叱咤してくださったことに、本当に心を打たれました。もっと適当にあしらわれると覚悟していたのに、なんて誠実な方たちなんだろうと」
当時の自分は、そんな大層なことを考えていなかったはずだ、しっかり侮っていたはずだ。ナヴェットの笑顔が、ますますシャラの心を苛む。
ゴキュッ
同じく耐えきれなくなったのか、シュロが唐突に懐から取り出した蒸留酒を垂直飲みする。
なんて正しい「気付け薬」としての活用だろう。今ほどあの薄型水筒を羨ましいと思ったことはない。
「ナヴェット様」
口元を袖で拭いながら、シュロがナヴェットの瞳を見つめ返した。
「教えてください。なぜ、今このタイミングで、それを我々に打ち明けようと思ったのです」
その問いを受け止めるナヴェットの目は、とても穏やかだ。
「一緒に祭壇を見てしまったら、きっと二人に選択肢がなくなってしまうと思ったからです。だから今のうちに問おうと。あのとき二人が私に訊いたように」
その回答で、このあとナヴェットが何を言うのか、二人には予想ができた。
「私のことが恐ろしかったら、私を置いて行ってください。大丈夫、きっと二人なら私がいなくてもこの事態を鎮められますし、私はちゃんと一人でも帰れます」
「ナヴェット様こそ私たちを侮らないでください!」
被せ気味にシュロが声を張り上げる。
「そんなことで怖気づくような私たちだとお思いですか!? そんな、そんな顔をしているナヴェット様を独りにして置いていくような人間だと!?」
ナヴェットは笑みを浮かべたまま、眉間に力を込めたように見えた。
「ごめんなさい、私はズルいのです」
そして口元を手で押さえる。
「あの時、あの泉の脇で私が言いたかったことは、そういうことなんです。それを知ってほしいと、願ってしまいました。不用意な発言で二人を傷つけてしまったことを、ずっと後悔していたので」
ああ、自分たちとこの少女……のような女性は、合わせ鏡のようだ。
無限に心の内を映し合い、連鎖が続いてしまう。あまりに正反対で、あまりにそっくりすぎる。
こんなことは偶然であり得るのだろうのか。
シャラは無言でシュロの手から薄型水筒をひったくり、真上を向いて大きく一口飲みくだした。シュロが悍ましき大罪人を見る目で見てきたがいったん無視。
「ナヴェット様。シュロの言う通りです」
口の端に残った雫を親指でぬぐって己で舐める。
「この程度の牽制で、シュロの可愛い昔話でナヴェット様と盛り上がるお茶会を諦める私ではありませんよ」
「自分の話にしろよ!」
シュロが悲鳴を上げる。
「それに」
シャラは場にそぐわない不遜な笑みを浮かべて見せた。
「私は、年上の女性からのウケがめちゃくちゃいいんです」
全身全霊で啖呵を切ったシャラに、ナヴェットは一瞬目を丸くしたあと、爆笑と言って差し支えない吹き出し方をした。




