嗤う酒神:01 髪結い
「そうやね、そうに違いないっちゃ! 末恐ろしかー!」
頑なに隠していた郷土訛りを全開にして腹を抱えて笑うナヴェット。期待以上の成果にシャラは大満足だ。
「やめてくださいよーほんとシャレにならないんですからコイツ」
うんざりした顔でシュロがこっちを見てきているが、そこはお互い様だろうと言いたい。
「あっ、いけん全然止まら…… カヒッ」
呼吸困難になるほど笑い転げている。
なんとか息と言葉が整ってくるころには既に日が高く昇っていた。
「た、確かに私は、お二人をまだ侮っていたかもしれません。十年分くらい笑った気がします」
「笑いは心身と美容に良いと申しますからね。ナヴェット様に提供できて光栄です」
「ぶふっ やめんね、そういうトコち言いよろうも」
これ以上ぶり返させると本当に呼吸停止しかねないので、シャラはそれ以上の追い打ちは控えた。
「先ほどは本当に心臓が止まるような思いをさせられたのです、これくらいの仕返しは許してください」
これについてはシュロも真剣な顔でコクコクうなずいている。
「ンッンッ すいませんでした。でもあの驚かれ方は、私としても予想を遙かに上回ったと申しますか過去一番と申しますか……」
言われてみれば、単純な視覚情報だけであれば、そこまで絶望的な事態には見えなかったのかもしれない。ユラで周囲を認識している二人ならではの誤認だった。
「そしてこれからについてですが。有体に言って、今まで通りですよね」
これでもナヴェットが笑い転げている間に多少は考えていたのだが、結論はそうとしかならない。
「ナヴェット様のお心とユラの在り様がどうであれ、お体は子どもの性能です。我らがボスの来賓であることも変わりありません。私どもは誠心誠意お世話差し上げ、職務を全うするだけです」
「なるほど、そう考えれば何も変わりませんね……」
「ただし」
少し肩身狭そうにするナヴェットの言葉を、シャラが遮る。
「今まで各種方針検討の際はシュロとしか話し合ってきませんでしたが……これからは必要に応じて、ちゃんとナヴェット様にも相談するようにいたしますね」
「よろしくお願いします、ナヴェット様」
シュロが差し出した手を、ナヴェットはまじまじと見つめた。
「はい、不便の多い身体でご迷惑おかけいたしますが、よろしくお願いいたします」
そして、晴れ晴れとした笑みで、その手を握り返した。
「今日の昼過ぎには祭壇に着くと思いますので、私とシュロは職場の制服で参ります。ナヴェット様も、初日にお召しだった服装にしてください。お顔の紋様も隠さないで行きましょう」
昨夜のうちに吊して、畳み皺を伸ばしていた制服をシャラが羽織る。
「構いませんが……なぜですか?」
「たぶん見知らぬ同僚がたくさんいます。箔が大事です」
「同僚だけど見知らぬ……なのですか?」
ナヴェットが首を傾げる。
「私たちは遊撃隊的な仕事が多くて、なかなか腰を据えて同僚と顔を合わせる機会がないのですよね」
シュロが化粧道具を広げながら補足する。
「ナヴェット様、今日はお髪を私が整えてもよろしいですか?」
ナヴェットの後ろから手鏡を覗き込みながら、シュロが尋ねた。
今までナヴェットは髪飾りも決して他人に触らせようとしなかったので、シュロもヘアセットは手を出さなかったのだ。
「まあ! ぜひお願いいたします」
ナヴェットはニコニコと嬉しそうだ。その長く細い髪を、シュロが丁寧にブラシで梳いていく。
「この髪飾り、機織りの杼だったのですね。変わった形だと思っていたのですが」
「だから通名が杼なのですか?」
「あー…… それもありますが」
なぜかナヴェットは恥ずかしそうにする。
「興味があっちこっちにすぐ飛ぶさまが、まるで杼が行ったり来たりするようだと言われ、いつの間にか……」
「ぶっ」
誰だか知らないが名づけのセンスがありすぎる。
「ではせっかくですから杼を活かしてしっかりふんわり盛りますか」
器用にあちこちを巻き付け盛り上げ、シュロはナヴェットがさらに引き立つ、それでいて独創的な髪形を作り上げていった。
「おおおお…… こんな私、見たことありません」
鏡に映る自分を見て、ナヴェットは軽く感動しているようだ。
「いいですね。意味はないのに、意味ありげに見えます」
演出効果の観点でも申し分ない。
「あーしかし正直、憂鬱です。どんな態度で迎え入れられるか。長官も人払いしておいてくれればいいのに」
「シャラでもそう思うことがあるのですね」
なんせ職場では、失踪疑惑が立っているらしいのだ。そして正直なところ、職場での二人の評判は元々それほど良いわけではない。
「大丈夫です、シャラのはったり力は本物です。安心して任せましょう」
「信頼はもっと違う場面で示してくれない?」
シュロの言葉に苦々しい顔をするシャラを見て、ナヴェットは楽しげに笑った。




