張り詰める山:02 採集
いえそんな、と遠慮する二人を押しとどめ、ナヴェットは枯葉と枯枝を集めて来てストーブに放り込んだ。
枯葉に火打ち石で火を点けて、火が安定したのを確認してから、脇の井戸から鍋に水を汲みストーブに載せる。
一連の流れが本当に手慣れているのを、シャラとシュロは驚きの気持ちで見守っていた。
今回の旅で覚えたものではない。
ここまで夜はほぼ人が営む宿しか使ってこなかったし、途中休憩等で湯が欲しいときは革袋の水を携帯燃料で沸かして来た。だからこの手際の良さは、ナヴェットが元から持っていた経験によるものだ。
「すいません、お茶を淹れるのはシャラにお願いしていいですか? きっとその方が美味しいと思うので」
「助かりました、ありがとうございます」
ナヴェットが沸かしたお湯を使って、シャラはいつも通りに三人分の飲み物を用意する。
ナヴェットには甘いシロップ茶。
シュロには茶葉の茶。
自分用に煎り豆のドリップ。
シュロはもちろん自前で勝手に蒸留酒を足す。初日から変わらぬ取り合わせだった。
「気分が悪いときは温かい飲み物が良いですからね」
ナヴェットは二人がマグをすする様子をニコニコと眺めている。いつもと立場が逆になったかのようだ。
「申し訳ございません、ナヴェット様がお客様ですのに」
「まあ! ここまで来てそのようなことを仰るなんて!」
詫びるシャラにナヴェットは少し怒ったような顔をする。
「それに山の中では人里以上に、助け合うべきものです。夕飯も私が腕を振るいましょう。せっかくこんな豊かな山の中で時間が出来たのです、保存食料をかじるだけだなんて味気ないじゃありませんか」
「さすがにそこまでしていただくわけには!」
食材探しにと山の中に行こうとするのでシャラは慌てて止めたが、ナヴェットはまったく取り合わない。一人にするわけには、と言ってなんとか自分だけは同行することを承諾させた。
シュロはまだ気分が悪そうにしていたので、火の番として残ってもらう。
「仕方ないですね、シャラもお仕事ですものね。では燃料にする枯れ枝を集めながらお願いします」
シャラが休んでいないことがナヴェットは少し不満げだが、木のツルを使って器用に仕掛け罠を作り、近くの小川に放り込む。
「実はここまで歩く間に、ある程度目星はつけてあるのです」
楽しげに笑うと、迷いない足取りで山に分け入って次々と食材を採って行く。
「キノコは、さすがに地元でないと毒性の見分けが難しいですね…… 見ていただけますか?」
「シュロは小食さんですからね、栄養価の高いナッツなど探したいのですが」
「さすがにお肉は時間がないからあきらめましょう」
「あ、良かったいい香草がありました。あれは川魚に合います」
ここまでよく喋るナヴェットを、未だかつて見たことがあっただろうか、というくらいに楽し気に散策している。
「ナヴェット様は、山が……あと、もしかしてお料理が好きなのですか?」
山刀で枯れ枝を適当な長さに切り折りながらシャラが問うと、束の間ナヴェットは思案する顔を見せた。
「そうですね、必要だからやっているのだと思っていましたが、言われてみれば好きです」
いつか針仕事について問うたときと似た回答に、シャラはフフッと笑う。
「ですから今日は私の趣味に付き合っていると思って、二人はゆっくりご飯を食べてくださいね」
初日、気を回して山道の最短ルートを選択肢から外したのは、早計だったかもしれない。
いや、街道を歩いたからこその出会いもあったのだから、結果として間違いではないのだろうが。
「よし、これだけあれば十分でしょう。川に寄って帰りましょうか」
最初に小川に放り込んだ仕掛け罠を引き上げて確認すると、果たして川魚が数匹かかっていた。それを見てナヴェットが満面の笑みを浮かべた。
「良かったですねシャラ! シャラはお魚が大好きですものね」
――そうか
その一言にシャラは胸を何かに刺し貫かれたような気持ちになった。
自分が見守っている側だと思っていたが、それだけではなかった。自分もずっと、見守られていたのだ。この小さな少女に。
その言葉だけでも胸がいっぱいになったのだが、山小屋に戻ったナヴェットにより腕をかけてふるまわれた夕飯は、想像のはるか上を行く幸福感を与えるものだった。
「今までの野営の中で、一番おいしい夕飯です」
最初は顔色悪くつらそうにしていたシュロが、食事半ばでしみじみと呟く。
普段、酒のアテ程度のものしか食べずアルコールを燃料に駆動しているのかと思わせる妹が、これだけの量を口にする姿を見るのはシャラとしても久々だった。
「道具も少ないので簡単なものですけれど、喜んでいただけて良かったです。やはり若い方がたくさん食べている姿を見るのは嬉しいですね」
ナヴェットは、相変わらず謎のオカン仕草を披露している。
「ナヴェット様がいれば、遠征も野営ももはや行楽ですねえ」
シャラも魚の旨味がよく移った油にパンを浸し、一滴のこさず食べる勢いだ。
新鮮な食材を豊富に使っていることと、ナヴェットの料理の腕そのものの高さは大前提だが、この美味しさはそれだけでは説明が付かない。
シャラはこれは、ナヴェットの思いやり深さがそのまま反映されているのだと思った。相手をじっと観察し続け、好むもの・必要なものを考え続けた結果として、「その相手にとって」美味しい料理をふるまえるのだろう、と。
「お、良いこと言いますね。実はまさにここからが行楽なのです!」
しかしいつになく上機嫌なナヴェットが続けた言葉は、さらに予想だにしないものだった。
「実は食材探しの間に見かけたんです。ここから遠くない場所に、野湯がありましたよ」




