風乗る少女:03 茶
「では互いに確認いたしましょう。ナヴェット様は今回の件について、里長殿からどう聞いておられますか?」
ナヴェットの足に合わせると、灯台遺跡から最寄りの村までの道のりを一息で歩き通すのが難しそうであったため、途中でいったん休憩をとることにした。良さそうな水場の近くで簡素な携帯食をつまみ、食後の一杯をすすりながらシャラが話を切り出した。
「はい、おおよその話しか教えられておりませんが」
ナヴェットは差し出された甘いシロップ茶を、ふぅふぅと息で冷ましながら話し始める。そんな仕草はその辺りの子どもと何ら変わらないように見えた。
「山間の地で崖崩れがあり、今まで知られていなかった祭壇が発見されたと。その影響なのか周辺地域で通常では観測されない事態が連続しており、早期の祭儀執り行いが望まれていると伺いました」
「概ねその通りです。厳密には連続する異常現象について調査していたところに、祭壇が発見されたという流れですが」
シュロがマグから立ち上る香りを楽しみながら補足する。
何の変哲もない茶葉から淹れたもの……という体をしているが、シャラは知っている。シュロが当然のように懐から薄型水筒を取り出し、蒸留酒を垂らしていたことを。いや、それが「垂らした」なんて分量ではないことを。
しかし本人は本気で「風味の調整」程度の認識であり、実際にまったく体調に影響が出ないことも承知しているので、見なかったことにした。
「しかし主流の儀典に基づく祭儀では交信が開かれず、特殊な手順が必要なのではないか、と言うのが現在の見立てです」
シャラが飲むのは深煎り豆のドリップだ。普段は何も加えないことが多いのだが、先程はあまりに思考能力を消耗したので甘いシロップを追加した。
三者三様の芳しい香りが、辺りを満たす。
「今も本庁から派遣された調査チームが解析を進めている最中のはずですが、我々にはこの通り、別のアプローチが指示されました」
「とある在野の専門家を極秘でお迎えし、祭壇をご覧いただいた後に長官の元にご案内するように、と」
疑問は山ほどあった。なぜ長官は優秀な部下たちの分析を待たず、外部に頼る決断を早々にしたのか。
ムルカの里などと言う、どこの公式データにも存在しない集団をなぜ知っていたのか。
そしてその決断を公にせず、秘密裏に指名したのがなぜ自分たちなのか。
普段は各地の祭壇を巡ってメンテナンスをしているだけの、しがない一職員だというなのに。
多少の思い当たる節はなくもなかったが……いや、それは関係ないはずだ。
「里長は『古い友人から頼られた』と申しておりましたが、詳しいことは語りませんでした。ただこの返信の文を持ち、灯台跡で案内人と落ち合えと。……お二人は我々の里のことを以前からご存じでしたか?」
見事な同調具合で二人が顔を横に振る。
「そうですよね。私たちも、外部との接触には守るべき掟がいくつも定められています。それなのにお二人に知らされたと言うことは、きっととても将来を期待されている、優秀な方のでしょうね」
「期待……なのでしょうかね」
「そうであれば良いのですが」
少女のあまりに純粋な笑顔に、苦笑いしか出ない。
「それを仰るならナヴェット様の方ではございませんか」
シャラは流れを利用して、最も知りたいことの一つに話を向けてみた。
「未知の祭儀の解析など、並大抵の知識や経験で遂げられるものではありません。里長殿からの信頼が大層お篤いのでしょう」
疑問の山はむしろ、こちらに対しての方がうず高く積みあがっていると言える。しかし未知が多すぎると話の切り口を探りあぐねるものだ。
「なるほど、いざ自分に差し向けられると『そうであれば良いのですが』と言いたくなりますね」
しかし少し困ったように笑うその表情は、幼気な顔立ちとあまりに不釣り合いな大人びたもので、どう話を進めたものかやはりシャラを迷わせる。
「私は幼い頃から、古い書物を読んだり里の古老たちの話を聞いたりするのが楽しくて…… いつの間にか知識だけはちょっと胸を張れるレベルになったのですけれど、不器用と申しますか身体機能が弱いと申しますか。他の皆が普通に出来ることで出来ないことがたくさんありまして、里の役に立てない自分を不甲斐なく思う日々でございました」
そう語るナヴェットの瞳には、二人が怯むほどの静謐があった。諦めに似た何かが、遠い昔から住み着いているような。
「ですが今回は知識があればお役に立てるとのことで、『お前が適任だ』と里長が送り出してくれたのです。……きっと不出来な子を不憫に思う親心のようなものだと思うのですよね」
照れているなら良かったのだが、そう語るナヴェットの顔は自嘲と寂寥を湛えており、シャラもすぐには言葉が出てこない。
いやしかし、こちらは地域住民の生活がかかっているのだ。良い子の社会体験のノリで派遣してもらっては困る。
と自分を奮い立たせると同時に、ちょっとマズいな。とシャラは横目でシュロを伺った。
「ナヴェット様。ナヴェット様が今回の事態を見事に解決なされば、人々の暮らしが脅かされることもなくなり、どれだけ心の安らぎがもたらされることか。その実感が、きっと今後何よりもナヴェット様の心を支えることでしょう」
案の定だった。
口調は先ほどまでと変わらない、慇懃とすら言えるままだ。しかしそれが包むのは、シュロの紛れもない本心であることがシャラには分かる。恐らくナヴェットにも伝わっている。
「里長殿も、ナヴェット様にはその力があると信じて送り出されたはずです。私も里長殿の判断を信じます。どうかナヴェット様のお力を、私どもにお貸しください」
——だよねえ、あの子には「刺さる」話だよなあ
言動からは分かりづらいが、シュロは割と……かなり情に脆いところがある。
シャラとしてはこんな胡散臭い案件はできるだけ事務的に流していきたかったのだが、こうなったら仕方ない。波に乗ろう。
「シュロの申す通りにございます、ナヴェット様。人は己の責務を果たしてこそ、己の価値を信じるようになるもの。案ずるよりも、まずは共に成し遂げましょう」
しっかりと目を見つめ、さらに渾身の笑顔で続ける。
「それにきっと、遠出も初めてのご経験でいらっしゃるのでは? せっかくの機会、できるだけ多くの物事を見て感じて、己の糧になさいませ。研究者たるもの、貪欲でなくては」
ナヴェットはしばらく目を見開いたあと、眩しそうに目を細めた。
「シュロ様もシャラ様も、とてもお優しいですね」
両手でマグを包み、甘いお茶をゆっくりと一口飲み込む。その味わいを記憶に刻むかのように、ゆっくりと。
「本当に……お若いのにご立派で、なんと頼もしい」
「いやそれどこ目線なんです?」
またしても理性ノーチェックで漏れた言葉に、ナヴェットはやはり楽しそうに笑うのだった。




