風乗る少女:02 杼
その幼い声の主がこれまた身軽な動きで灯台からストストと降りてきている間、二人はブランケットを握ったまま動けないでいた。
トンっと軽い音で地面に着地して振り返ったところで、互いの目が合う。相手はビクッと痙攣のように小さく飛び上がり、しばし固まった。
「あっヒト!? えあっ あっ あの、あのあのあの! ……あのぅ、今の、見て……ましたよね?」
小さい。
遠くから見ているときはマンタとの比較で小さく見えるのだと思っていたが、そうではなかったようだ。降りてきたのは体格からしても顔つきからしても、どう見ても子どもだった。
呆気にとられたままかろうじてうなずくと、相手はさらに慌てる。
「ごっ ごめんなさい驚かせましたよねっ? 本当はもっと早く来て待っているはずだったのですけれど、出がけに手間取ったりしてしまいまして……どうかこのことはご内密に……」
まさか。まさかこの「あどけない」とすら言える少女が、待ち合わせの相手なのか?
いやまさか。
だがしかし。
二人の脳内で疑問と疑問がせめぎ合う中、少女は軽く咳ばらいをしてから、赤面したまま、しかし見た目に似合わぬ洗練された仕草で挨拶をした。
「初めまして、ムルカの里長の使いで参りました。お二人は、お招きくだすった行政府の方ですよね?」
問われてようやく我に返る。
「遠方よりようこそおいでくださいました、ご推察の通りです。私どもは調揺士としてこの地域を巡っている者ですが、本日はムルカの里からのお客様をご案内するよう仰せつかってお迎えに上がりました」
先ほどまでの硬直はまるでなかったかのように、笑顔でよどみなく挨拶を返した。
「私のことは沙羅とお呼びください。こちらは同じく……」
「棕梠と名乗っております。このたびは私どもの願いにお応えいただき、深く御礼申し上げます」
二人が丁寧に名乗る間に、少女の顔も次第に動揺が静まっていく。
「沙羅の花に棕梠の木ですか。どちらも特定の文化圏において、天界に縁あるとされる植物ですね。美しいお名前です。私のことは、どうぞ杼と」
幼い容姿にそぐわぬ知識の広さ、そして口調の優雅さに二人は虚を突かれたが、役人の矜持でそれを顔や態度にはにじませない。
「しかし行政府の腕利きの方がお見えになると伺っておりましたので驚きました。お二人とも、とてもお若いですね」
どの口がそれを言うのか。
「いやこちらのセリフです」
「おm」
あまりに心外な言葉に、胸中に留めるつもりの言葉がシャラの口から滑り出てしまった。あっという間に矜持は崩れる。
しかしナヴェットと名乗った少女は気を悪くする風もなく、屈託無く笑った。
「失礼いたしました、仰る通りです。私、実年齢より下に見られがちなのでご不安とは思いますけれど、どうか里長の判断を信じていただきたく」
いや若く見えるとかそういう次元の話ではない。高めに見積もっても、齢十を過ぎたかどうかというところだろう。
コロコロ笑う様子と大人びた言葉遣いのギャップが、さらに不安をかきたてた。
——いやどうすんだよコレ
シュロが目線だけでシャラに問いかけてくる。
——本当に『お客様』なんてことあんの? この幼女が?
何を言いたいかはしっかり伝わっているし、シャラだって思いは同じだ。予想外に丁寧に名乗られて反射で業務用挨拶をしてしまったが、この少女が「待ち人」本人などとは到底思えない。
「無礼をご容赦いただきたいのですが、里長殿の代理人である証などお持ちではおられませんか。何分、役所仕えなもので……」
「あらそうですよね、重ね重ね失礼いたしました!」
否定のきっかけを得ようとした目論見は、軽やかに打ち砕かれる。
「こちらが里長から託されました返信にございます。中身をここでお見せすることはできないのですが」
——噓でしょ。そんなことある?
それは、まさに今回異例のルートで二人にこの業務を授けたトップに向けての信書だった。
差出人・宛名とも出発前に知らされた偽名と一致しており、封緘の紋章も資料にあった通りだ。念のために携帯端末にかざすが、その反応はそれが本物であることを示している。
「ご協力ありがとうございます。間違いなくムルカの使者様と確認いたしました。どうぞ文は面会の時まで、ご自身でお持ちください」
心の内の焦りなどおくびにも出さない涼やかな笑顔で封筒を返しつつ、二人も返礼として身分証を掲げて見せる。
「こんな形で本人証明ができるのですね。興味深いです」
ナヴェットにとっては珍しいものらしく、食い入るように見つめている。
「ご呈示ありがとうございました。それにしてもお二人はよく似ておいでですね? 双子でお仕事なさっているのですか?」
「よく間違われるのですが、一歳違いです。一応私の方が仕事も一年先輩なのですが、まあ似たようなものですね」
「あら、またしても失礼いたしました」
——先輩だと言うならこの事態をどうにかしてくれ
シュロからの視線はますます鋭さを増し、耐えがたいものになってきた。
小さく息を吸い、シャラは腹をくくる。
「さてここからの眺めは素晴らしいですが、長話をするには風が強すぎますね。まずは最寄りの村に参りましょう。詳しいご説明は、朝食とお茶をいただきながらでも」
違うそうじゃない。
とシュロが考えていることは百も承知だが、こんな分析不能な事態が1年程度の経験の差で何とかなるものか。
何かあったときの責任を誰にどう押しつけるか思考を巡らせながら、シャラは笑顔で村への道を指し示したのだった。




