共振る煙:04 双剣
泉のほとりの祭壇では、シュロが既に祭儀の前準備を進めていた。
「エトルスキ系譜とは、かなり珍しいですよね」
ナヴェットが改めて好奇心で目を光らせる。
「歴史によると一時期はかなりの支持を集めていたと言いますけど、残っているものは少ないですよね」
「修繕してくれたあの技師たちに、改めて感謝です」
シャラとシュロも、ナヴェットに劣らぬ高揚っぷりだ。
「やはり基本思想が尖ってますよねえ。周辺の分析と予測がありきという。扱いづらいし、こうした突発的事態に弱いし、本当に面倒というか……」
シャラは「面倒」が賞賛の言葉だと思っているのではないかと思わせる笑顔だ。
「経過が心配だから、来年位にまた様子を見に来ないと」
シュロは明らかに別の何かも期待している。
「しかし私も譜面を見せてもらいましたけれど……割と危険な構成ですよね」
ナヴェットは二人のことを案じている顔だ。
「そうなんですよね。本当は軽くて刃を立てていない儀礼剣があると良いのですが」
そう言いつつ、シャラは大して気に留めていなさそうだ。
「供物も丸のままの動物が好まれるらしいのですが、準備がないので干し肉で」
「本格的な祭儀は、いずれ巡回で来るだろう正規の担当者に任せましょう」
そうして祭壇で火を焚いて干し肉を供え、葡萄酒を注いだ。
シャラとシュロが向かい合うように立ち、二人で呼吸を合わせる。
——目覚めませ 目覚めませ 目覚めませ
シャラの凛とした声が辺りに響いた。
小刻みで速く、しかし抑揚は少ない、独特の繰り返し旋律。
——来たりませ 来たりませ 来たりませ
梢を 梢を 梢を 揺らし
それに合わせるシュロは腕と脚は大きく舞わせつつ、掌と足先だけを刻まれるリズムに乗せてヒラリヒラリと返す。それにかき混ぜられたように、見えない何かが次第に沸き立つ。
——育みませ 育みませ 育みませ
穂波を 穂波を 穂波を 揺らし
待機状態だった祭壇が目を覚ますにつれ、周囲のユラを掴み始める。か細い糸が緩やかに、風にたなびき広がっていく。
——歌いませ 歌いませ 歌いませ
蔦を 蔦を 蔦を 揺らし
やがて糸同士が絡まり引き合い、蜘蛛の巣状に編まれ出す。あてどなく漂うものから、テンションのかかった力強い張りに変わり巡らされていく。
キィィィィンッ
高まった緊張を切り裂くように突如響いた、鋭い金属音。
シャラとシュロが、それぞれ腰に下げていた山刀を鞘から抜き、高く掲げて背同士を打ち合わせたのだ。
——ご覧あれ ご覧あれ ご覧あれ
シャラの謡の拍に合わせて、シュロが円舞の如く回りながら山刀でシャラに斬りかかる。
水平に薙ぎ、袈裟斬りに振り下ろし、腰から斬り上げ。
ギンッ ギンッ ギンッ
シャラは巧みに重心を移動しながら、それを己の山刀で払っていなし、地を滑るようにステップを踏む。
刀同士が打ち合わされるたびに、周囲を浄める波動が鋭く放たれる。
——ご覧あれ 我らが血潮 脈打つ血潮
次第に謡のリズムが早くなり、呼応してシュロの斬撃も間隔が狭まっていく。
——ご覧あれ 我らが流汗 震え落つ流汗
不意にシャラが大きく刀をさばいてシュロの体勢を崩し、返す刀で斬りかかる。シュロは払われた勢いを殺さぬまま大きく退いて、それをかわす。
——ご覧あれ 我らが躍動 燃え盛る躍動
攻守を逆転させ、今度はシャラが連続して斬りつける。シュロとは対照的に大地を踏みしめ、吸い付くように繰り出される太刀筋。シュロはそれを小さな動作で受け流しつつ、蝶の軽やかさで舞う。
——見通し 顕し 託し賜ふ
再び攻めに転じたシュロが、結びの詞と共に大きく跳躍し頭上から山刀を振り下ろす。
——世の遍き事象 然るべくあらむことを
ッギイィィィン……
それをシャラが刀の背で受け止め、ひと際大きな金属音を辺りに響かせた。
十字に刀の背同士を合わせたその音が、剣舞の終わりの知らせとなった。
「途中から即興になってませんでした?」
固唾を飲んで見守っていたナヴェットが、レンズを額に収めながら声を震わせる。
「あはは、剣舞は久しぶりでちょっと楽しくなってしまいました」
汗を拭いながらシャラが笑う。シュロも平然とした、しかし満足げな表情でうなずいている。
「多くはありませんが、剣舞の奉納を好む祭壇は時々ありますからね。それらしくできるよう、稽古はしています」
「見ていて生きた心地がしませんでしたよ。そんな鍔もなくて重そうな刀で、あんなに激しく打ち合うだなんて……」
ナヴェットは動悸がおさまらない胸を押さえている。
「ちゃんと背の側を使ってましたし、同じリズムに乗っていれば合わせられますよ」
「受ける側が目線と身体の動き……とユラで誘導しています」
「基本は普通のペア舞踏とそう大きく変わりません」
こともなげに言うが、防具も無いのにあんな勢いで打ち込んでいれば、万が一受け損なったときに峰打ちだろうと高威力の打撃になる。
しかし、その気迫から生み出される剣戟の音がよりユラを活性化するのも事実なので、ナヴェットは追及をやめた。
「祭壇にもご満足いただけたようですね。無事に動き始めたようです」
「本物の流血をご所望でなくて良かったです」
二人が空を見上げた。ただ翻弄されているかのようだった一帯のユラが、整った流れを見せ始めている。
「これで全部解決、ではありませんけど、今までよりだいぶ落ち着くでしょうね」
ナヴェットも空を見上げ、出会った人々へ思いを馳せる。
「さあ片づけて、次の街まで歩きましょう。そこからまた馬車です、遅れを取り戻さなくては」
炙られた干し肉を食べやすい大きさに切って、シャラがナヴェットに渡してくれる。
「食べ尽くすまでが祭儀です」
そう言うシュロは小さな干し肉をかじりながら、堂々と葡萄酒を瓶から注ぎ足して飲んでいる。
シャラは軽く顔をしかめたが、剣舞による体力消費を補うものとみなして黙認した。
「シャラもちゃんと食べるんですよ。まったく二人とも、いつも食が細くて心配になります」
「どうしてたまに急に、世話焼きなおばちゃんみたいになるんですか」
これに挟めと言わんばかりにパンを差し出され、シャラは苦笑を禁じ得なかった。実は朝食もシュロの圧に負けて多めに食べていたので、少しキツい。
しかしきっとそれだけ、昨日は心配をかけたのだろう。シャラは差し出されたパンを有り難く受け取った。




