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揺らぐ世界の渡り方  作者: 春科シオン
第二章 少女は道を進み世界を知る

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共振る煙:03 林檎酒

「おなか……減った……」

目覚めたシャラの第一声はそれだった。


「あれ。もう夜?」

改めて周りを見回すと、自分はいつの間にか着替えて寝台に横たわっていた。傍らに座るシュロが、控えめな明かりの中で眉をひそめて自分を見つめている。


「シュロだけ?」

「ナヴェットはさっきまで起きていたけど、そっちの寝台で寝てる」

小屋の反対側には、もう一つ寝台が備えてあった。見るとナヴェットが着の身着のまま、すやすやと寝息を立てている。


「技師の二人は、街から来た保安部の連中が保護して行った。ちゃんと怪我人運ぶ装備で来てくれて良かった」

「そっか、良かった」

シャラが安心した顔で笑みを浮かべるのを、シュロは複雑そうな顔で眺める。


「普段ヒトに向かって、情に流されすぎとか言うくせに」

「えぇ~だって祭壇の工匠だよ、すごく貴重な人材じゃない」

合理的な判断の結果だと言わんばかりのシャラに、シュロは諦めたように嘆息した。


目の前に現れてしまった怪我人が、そういう「建て前」が成り立つ相手であった。

そのことをシャラは幸運と捉え、誰より感謝していたことだろう。


有限の救済手段を持つ者は、残酷な選別を気まぐれに迫られ、その結果を「自分が選んだ」と背負わされる。


「保安部の連中が念のため持ってきてた食糧、ありがたくもらっておいた」

「やった! ……っと」

起きようとして目眩を起こしたシャラの上半身を、シュロが怒ったような顔のまま支える。


「シャラは共振が上手いだけで、素の体力そこまで無いんだから。もっと弁えろよ」

「いやさすがにシュロよりあるよ、体力そのものは」

シュロの方が身体の使い方が器用なだけだ。


「親父らみたいなのを参考にするなと言ってる」

「えぇ~参考にしてるつもりはないんだけど……心配かけたね、ごめんね」

シャラが謝ると、シュロは更に眉間の皺を深くして、鼻から荒く息を吐いた。


「ともかく補給しろ。林檎酒飲むか?」

差し出された酒瓶に、シャラは目を丸くした。シュロが己から酒を勧めるなんて、非常に珍しい。


「空きっ腹には毒か」

「シュロと血のつながった兄が、そんな常識的な身体してるわけないじゃない」

吹き出しながらシャラはマグを受け取る。


「ありがとう、糖分が沁みるわぁ」

一気に飲み干した林檎酒は、酸味と甘み、そして仄かな炭酸のバランスが絶妙で、絞りカスのようだった身体を優しく埋めてくれる。


「さすがシュロが目を付けてた林檎酒だ」

「あの派手な花篝なー。不謹慎かもしれんが、来年の林檎酒どうなるか気になるんだよなー」

「いや本当に不謹慎だな」

思わず真顔になってしまった。


「全部無事に鎮まったら、不謹慎と言われないだろ?」

「そうかな? まあそうかも?」

それが仕事のモチベーションにつながるなら、それで良いのかもしれない。


「来年この辺りに出張入らんかなー」

都合の良い妄想をしながら、シャラが寝台でそのまま食べられるよう、シュロは食材をパンに載せて並べてくれた。いつにない勢いで、シャラはそれを次々平らげる。


「あ、そうだ祭壇どうだった? シュロはもう見たよね?」

普段の夕飯の二倍近い量を一気に食べ、シャラはようやく人心地がついた。


「無事だった。あの人らの献身は無駄になってない」

「そっか、良かった」

先ほどよりさらに嬉しそうに笑うシャラ。


「もう待機状態になってる。内部処理は修繕前と変えない前提らしいから、前の譜面もらっておいた」

「え、見たい見たい」

キョロキョロと室内を見回すシャラに、シュロはまた苦い顔をする。


「今日はもう寝ろ、明日にしろ」

「さっきまでずっと寝てたし、しばらく眠れないよ」

食い下がるシャラを、シュロが下から睨みつける。


「シャラが寝ないと、こっちも寝られないんだよ」

「……その言い方はズルいなあ」

さすがにシャラも降参して、枕に頭を載せる。


「ウチだけ寝台使わせてもらってごめんね」

申し訳なく思う気持ちもあったが、この状況で譲ろうとしても受け入れられるはずがない。


「今更。よくあることだろ」

案の定シュロの返事は素っ気ない。周囲の荷物を片づけて、安眠の香を香炉で焚いてくれた。


「火が消えたらウチも寝るから。おやすみ」

「うん……ありがと……おやすみ……」

結果として「しばらく眠れない」なんてことは全然無く、良い香りと満腹の充足感に誘われるまま、シャラはあっという間に再び眠りに落ちた。




翌朝ナヴェットが目覚めると、既にシャラはいつも通りに身支度を整え、寝台に腰掛けていた。

手元で喫煙パイプの清掃をしながら、楽しそうな目で譜面を眺めている。


「シャラ! もう起きて大丈夫なのですか?」

「おはようございます、ナヴェット様。昨日はお恥ずかしい所をご覧に入れましたね。失礼いたしました」

気恥ずかしそうに笑うシャラの顔を、ナヴェットは近くからじっと見つめる。


「良かった、顔色も元通りですね」

「ただの一時的な疲労ですから、食べて寝れば問題ありませんよ」


シャラは軽く言うが共振での他者治癒は、見極めを誤れば共倒れに成りかねない、危険を伴うものだ。

恐らくシャラは、そのギリギリがどこにあるかよく見えてしまうが故に、限界まで踏み込んでしまうのだろう。


「ナヴェット様が朝食を召し上がったら、祭壇を稼働させましょう」

「お二人で祭儀を行うのですね」

蜂蜜を塗ったパンとチーズを交互にかじりながら、ナヴェットが目を輝かせる。


「はい。今回はあの技師たちに敬意を表して、残された譜面通りに執り行おうかと」

清掃が終わったパイプを道具鞄に戻し、シャラは祭服を羽織った。

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