共振る煙:02 共振
広義では活揺に含まれるものであるが、「摂揺」と呼ばれる技術がある。
一般的な活揺が外部のユラへ干渉するのに対し、摂揺はユラを身体に取り込み力を得るものだ。
主に治癒や身体機能の増強と言う形で用いられるが、これができる者は多くない。調揺や一般の活揺が(最低限であれば)修練次第で誰でも身に着くのに対し、摂揺はいくら学ぼうが出来ない者の方が大多数だ。
生まれつきの才能や素質が必須と言われている分野だが、それを他者に分け与えられる者はさらに少ない。
***
パイプの煙を吸っては吐くのを何度か繰り返しながら、女性の呼吸を観察する。やがて充分に吸い込み馴染んだのを確かめてから、シャラは両手でそっと彼女の頭を包んだ。
「怖くないですよ、安心して、私の声を聞いて」
脳の奥がほぐされるような、穏やかに囁く声。
「呼吸を落ち着けて、吸って、吐いて、楽にして……」
語りかけながら、呼吸とユラを彼女に同調させていく。それが次第に凪ぐように、シャラは精密に繊細に波を整える。
「大丈夫、もう痛くない、何も心配ない」
静かなシャラの声に導かれるように。
「もう頑張らなくていい、ゆっくり休んで……」
女性技師の意識がどこか深い所へコトンと落ちた。
ふぅ、とシャラは一息をつく。
呼吸も鼓動もそのままに、痛覚と意識だけが閉じたはずだ。
しかしここからが本番だ。
彼女を改めて寝台にうつぶせに寝かせてから、適当な衣類を引きちぎったものであろう応急処置の布をはがす。
案の定骨まで届くような傷口になっており、改めてシャラはその痛ましさに顔をしかめた。残った破片から察するに、どこかの屋根瓦が激突したのだろう。
消毒した道具でその破片や衣類の繊維などを丁寧に取り除き、さらに傷口そのものもアルコールで拭う。
一通り傷口が綺麗になった段階でシャラは再びパイプをくわえた。先ほど同様に吸っては吐いてを繰り返し、部屋を煙で満たしていく。
充分に己の内と外のユラが一体化した感触を得た段階で、シャラは女性の傷口の周囲にそっと手を当てた。
相手のユラと自分のユラを混ぜ合わせるように、共鳴させるように。周囲のユラを、己を通して彼女に流し込むイメージで。
ユラが多少見える者には、二人が同じ明滅の光に包まれているように見えただろう。
まずは傷ついた骨が、微細な振動を受けて元の位置に戻っていき、つながっていく。
続いて血管が、神経が、筋が。体の細胞たちが、己のあるべき姿を思い出したかのように互いに手を伸ばし、徐々に傷口を塞いでいった。
「この煙は」
ナヴェットがその小屋の扉を開けると、不思議と良い香りの煙が室内を満たしていた。
寝台の上には、背面をむき出しにした女性がうつぶせに横たわっている。
さらに寝台の傍らの床には、シャラがぐったりした様子で壁にもたれかかっていた。その服はあちこちが赤黒く染まっている。
「シャラは摂揺……だけじゃなくて、共振までできるのですか?」
「いやー思ったより傷が深くて……すいません、ちょっと服まで整えてあげる余裕なくて、あとお願いしていいですか」
青いを通り越して白い顔で力なく笑うシャラに、シュロが無言のまま乾燥リンゴを蜂蜜につけて差し出す。
乾燥リンゴは、先ほど林檎酒と共にもらったものだ。ナヴェットのおやつにするつもりだったのだが、早速役に立ってしまった。
「やはりエネルギーの消費が激しいですねえ。最初に彼女にも蜂蜜舐めさせましたけど、たぶん足りないので、起きたらたくさん甘いモノ食べさせてあげてください」
手がベタベタになるのを気にもかけず、シャラは蜂蜜リンゴをむさぼり食べる。
「あんなに! あんなに酷い怪我だったのに!」
かばわれたという男性技師はシャラの言葉が聞こえているのかいないのか、寝台の先輩技師を見て床に膝をついた。驚きと安堵で、力が抜けたのだろう。
「お兄さん、あなたの腕も見せてください。あまり良い状態じゃなさそうでしたよ」
まだ立てもしないくせに、シャラは男性技師の傷を気にしている。
「大丈夫ですよ、途中で休みながら、私がちゃんと手当をしておきました」
手当に使った薬草を見せながら、ナヴェットはシャラに微笑んで見せた。
「シュロの持っていたアルコールで消毒もしました。だいぶ痛そうでしたけど……」
「大丈夫、たぶん悪いものは残っていません」
二人に言われて、シャラはじっと男性の腕を見つめる。そして何かを納得したようだ。
「二人がそう言うなら大丈夫ですね。じゃあちょっと、私も休ませてもらいましょうか……」
ようやく気を緩めることができたのか、シャラは壁にもたれかかったまま気絶するように寝入った。
「シャラが『体を張る』ような事態は、だいたいこういう時なのです」
女性技師のものであろう荷物から着替えを探しながら、シュロが沈んだ声でナヴェットに呟く。
「私はあまり共振は得意ではなくて…… だから、私が頑張れば何とかなる時の方がよっぽど良いのです」
それは重症を負った女性に対する心の痛みであると同時に、前後不覚になる程消耗しているシャラへの憂いであるようだった。
「応援が来た時にあなたが嘘を言ったと思われない程度に、怪我は残っています」
軟膏を塗った布を傷に当てて包帯で覆いながら、放心したままの男性技師にシュロが伝える。
「ですが後遺症や急変のリスクはほぼなくなっています。骨も大丈夫です、安心してください。それで、できれば……」
シュロの言わんとすることを察して、男性技師はうなずいた。
「主任の怪我は最初からこの程度だった。私が動転して、大げさに捉えてしまった。そう説明します」
その返答にシュロは安堵の息を吐く。
摂揺からの共振は、医療として当てにするには汎用性が低すぎる。術者の絶対数が少ない上に、術者の負担があまりに大きい。
それでも、そんな奇跡に見える業があると知ってしまったら、人はそれに縋りたくなるものだ。
そして叶わなかった場合の絶望は一層濃くなり……時に怨嗟に変わる。
だから術者は、その技能を隠して生きている場合も多い。
手に入らない奇跡は、存在を知らない方が幸せな場合もある。
「ではあなた方が命がけで守ったという祭壇を、今のうちに見せてもらって良いですか?」
男性技師の顔色が充分に回復しているのを確認して、シュロが立ち上がった。
「三人もの人間が死力を尽くしたのです。せめてこの地域の人たちを、助ける結果にしなくては」




