共振る煙:01 竜巻
「助けてくれ! 連れが怪我をして、動けないんだ!」
馬車の行く道を塞ぐように飛び出した男を轢くわけにもいかず、御者は馬の脚を止めた。
「おい、動くんじゃねえぞ。強盗じゃないだろうな」
護衛は手にしたクロスボウを突き付けて、周囲を警戒しながら尋ねる。この手の文句は、馬車を止める囮が使う常套句だ。
「違う、そんなんじゃない! オレだって怪我を……」
「そんな程度、いくらでも自分で作れらぁ」
「なんでこんな場所にいるんだ、人が住む村はだいぶ離れているだろ」
御者と護衛は、乗客の命と財産を守る責任がある。人心が荒れやすい昨今の情勢の中、そう簡単に他人を信用しないのはプロ意識の高さと言える。
「オレたちは祭壇の修繕に来たんだ! あと少しで動かせると思って、つい残っちまって……」
「御者さん。私たちが様子を見に行ってきますよ」
不意に車内の客から話しかけられ、驚いて御者は振り向いた。内側に乗っているのは、子どもを連れた若い男女客のはずだが。
「その人たぶん、嘘は言っていません」
「こう見えて多少の医療の知識はありますので、応急手当くらいの役には立つでしょう。御者さんは次の街に急いで、応援を呼んで来ていただけませんか。不安なら保安部でも」
「いやお客さんたち、小さい子連れているじゃないですか」
護衛と顔を見合わせながら、御者は戸惑った声を出す。
「私なら大丈夫です。生薬の持ち合わせもいくらかありますので」
少女の思いもよらなかった大人びた受け答えに、御者は折れて客席の扉を開けた。
「ともかく次の街に着いたら、保安部に知らせますので。お気をつけてくださいね」
「万が一私たちに何かあってもあなたの責任ではありません。他の乗客の皆さんがそう証言してくれるでしょう。職務遂行、ご苦労様です」
「ありがとう、本当にありがとう」
腕に怪我した男に三人が着いて行くのを眺めながら、馬車は次の街を目指して再び走り出した。
「そうか、あなた方は調揺士なのか。それで」
三人を案内しながら、怪我をした男が納得したように息を吐いた。
「はい、他の現場に向かっている最中なのですが、この近隣の状況も聞いておりましたもので、技師様が怪我をしたなんて放っておけず」
「しかしそちらのお嬢ちゃんは?」
当然の疑問に、ナヴェットは思わず顔を伏せる。
「私たちのお世話になっている方のお嬢様なのです。将来のために調揺の現場を学ばせたいとのご意向で、今回は私どもがお世話を」
そして当然のように嘘を並べるシャラを感心の目で見上げた。
「それより、あなたの怪我も浅くないじゃありませんか」
その言葉は、あながち話題を逸らすための方便でもなかった。上着の裂け目には今も血が滲んでおり、顔色もひどく悪い。
「竜巻が近づいているのは分かっていたんだが…… せっかく修繕した祭壇がまた壊れたらと思ったら、つい逃げるのが遅れちまった」
技師は怪我をしていない方の腕で顔の汗を拭う。
「いやまだ時間があると思ったんだ。進路は少し逸れていたしな。しかし破片てのは、あんなに遠くからでも飛んでくるんだな」
腕の怪我を抑えるその顔に、後悔の表情が浮かんだ。
「こんな怪我は大したことない。でも主任がオレを……いや、祭壇をかばって……」
「急いだほうが良さそうですね」
これを大したことないと言うなら、かなり深刻な可能性が高い。
「場所を教えてください、私が先に行きましょう。シュロは、その方とお嬢様と一緒に。できれば止血をし直してあげて」
「重い荷は与る」
シュロがうなずいて手を差し出した。
その言葉に甘え、シャラは処置に必要になりそうな最低限の道具だけ寄り分けて背負った。
「あなたも後で手当てをしますからね。ゆっくり来てください」
シュロに後を任せ、シャラは教えられた場所を目指して走った。
***
教えられた地点は、泉の脇の祭壇、そこに隣接する小さな小屋だった。
ここのような人の居住地から離れた祭壇には、巡回の管理者が使うための簡易宿泊施設が設けられている場合が多い。
扉を開けて中を見て、シャラは顔を強ばらせる。
恐らく先ほどの男が片腕が不自由な中なんとか運び込んだのだろう。小柄な女性がぐったりとした様子で横向きに床に倒れていた。
——息はある。頭部や胴体などに致命的な傷はなさそう。不幸中の幸いだ
とっさにかばったと言う話から想像したとおり、その傷は背面に集中していた。
肩甲骨付近と、腰から大腿部にかけて。最低限の止血がなされているが、乱雑に巻かれた布の表面には既に血が滲んでいる。
シャラは手早く上着を脱いで髪の毛を縛り上げ、女性の傍らに膝を着いた。
「もし。分かりますか?」
シャラの呼びかけに、先輩技師だと言う女性はうっすらと目を開ける。
「……だ…………れ……?」
息は荒いが意識もある様子で、とりあえずシャラは安堵する。
「あなたのお連れの方に、助けを求められて参りました。少し動かしますよ」
怪我の様子を見ようと身体を動かすと、女性が苦痛で叫ぶ。骨を損傷している可能性が高そうだ。
——最低限は止血されているし、先に痛みを何とかしてあげた方が良さそうだ
シャラは道具鞄から蜂蜜の瓶を取り出し、匙ですくう。
「甘いですよ。少しずつでいいです、飲めますか?」
苦痛にあえぎながらも、女性技師は言われるがままに匙を口に含み、なんとかその中身を飲み下した。
「大丈夫、よく頑張りましたね、もう大丈夫ですよ、すぐに楽になります」
少しでも安心させようと声を掛け続けながら、シャラは今度は喫煙用のパイプを取り出して、いくつかの乾燥させた香草を火皿に詰め込んだ。
口にくわえて火をつけ、香草の煙を大きく吸い込む。その煙を己のユラとよく練り合わせてから、フゥーっと横たわる女性に向けて吹き掛けた。




