灯る篝火:03 娯楽
「そんなこと言っちゃダメ!」
他より少し年上の少年が一人、顔色を無くして他の子を制止した。
「ご、ごめんなさい、お願い内緒に……」
「大丈夫、誰にも言いませんよ」
自分たちが誰の世話になっているか、この子は理解しているのだろう。怯える表情で見上げるその肩を、ナヴェットは落ち着かせるように撫でた。
「お父さんたち、辛い思いをしているんですね」
ナヴェットの言葉に、少年の目が潤む。
「ここでお祈りをしても、みなさんの村の恵みが減ることはありませんから、安心してください」
「うん、分かってる……お父さんも分かってると思う……」
少年は俯いて、服の裾をキュッと握りしめた。
そう、仕組みの理解の問題ではないのだ。
そしてきっと、性根の善悪の問題でも。
ただただ、先の見通せない重圧の中に自分がいる最中で、有り余る恵みに浴す他者が隣にいる、そう見えてしまう。そのこと自体に追いつめられてしまう人は、どうしたっているものだ。
「お父さんたちを、元気づけてあげたいですね」
無言でうなずく少年を見ながら、ナヴェットは少し考える。
「村では、何をしてるときに一番笑ってました?」
「お酒飲んでるとき?」
「酔っぱらうと歌うよね。お母さん怒ってた」
「お祭りのときじゃない?」
「お祭り、すっごい人たち来るもんね。なんかいっぱいボールとか投げてるの!」
「なるほど」
ナヴェットは先ほど子どもに返したばかりの輪っかを、そっと手に取った。
「こういうのですかね?」
伸ばした手の先からツーっと腕を這わせるように、首の後ろを通して逆の腕の指先までリングを転がしてから、パッと空中に投げ上げる。
「それともこういうのでしょうか」
落ちてくるリングの中に軽い仕草で腕を差し込んだかと思うと、そのまま腕で、胴で、膝で、くるくると輪が落ちぬよう回し続ける。
輪が身体のあちこちへ滑らかに移動する様を、子どもたちは目を丸くして見つめている。
同じくシャラとシュロも、ナヴェットが何を始めたのかと驚きの表情で固まっていた。
「もっとたくさん、いっぺんにも回せますよ」
ニヤっとナヴェットが笑うと、我に返った子どもたちが散り散りに走り出した。
「お母さーん! 輪っか! 輪っかちょうだい!」
「はぁぁ? さっき遊んでたじゃない、壊したの?」
「違うよ、お姉ちゃんがたくさん回してくれるの!」
「ほら。シャラもシュロも、出来ること色々あるでしょう?」
子どもたちを待つ間、今度はそのいたずらな笑みが自分たちに向けられて、二人はたじろぎながら目を見合わせた。
シュロは無言のまま周りを見回していたが、何かを思いついたらしい。聖堂のスタッフを見つけて、話しかけている。
——えぇえ、出来ることって言われてもなぁ
背嚢の中身や周囲を確認しながら、「何か」になりそうなものはないか、シャラは必死で考える。
——まあこういうときは、シンプルなやつでいいか
納屋の脇に置かれた空の木箱を見つけ、しばしならいいだろうと拝借した。
ナヴェットの脇にそれを伏せて置き、跨がるようにその上に座る。ポンっと指の腹で箱の側面を叩くと、悪くない響きで音が鳴った。
まずはゆっくりと、定型のリズムを両手で叩き出す。縁を叩くときの音、中央付近の音。指先で鳴らす堅い音、掌で叩く重い音。
音の出方を確かめながら打っているうちに、いい感じにユラも波打ち始めた。ここまでくれば大丈夫、あとは波に乗るだけだ。
ナヴェットの期待にも応えられたようで、シャラの作るリズムに合わせて輪が一層キレのある動きをしだした。
「お姉ちゃん、持ってきたよ!」
息急き切って帰ってきた子どもたちに、ナヴェットが笑顔で答える。
「いいですね! こっちへ転がしてください」
最初に遊んでいたときの要領で、子どもが輪を立ててナヴェットの方に転がす。ナヴェットがそれを美しい足の動きで絡めとったかと思うと、輪はあっと言う間にその胸元まで浮き上がる。
子どもたちが歓声を上げながら次々と輪を転がし、ナヴェットはそれを受け取っては身体のあちこちで回す。シャラの刻むリズムが少しずつ早くなり、子どもたちはそれに合わせて手拍子を打つ。
ナヴェットの回す輪が五つになった頃には、聖堂のスタッフや大人だちも、つい作業の手を止めてそれに見入っていた。
そのナヴェットの背後で、不意に人が宙に浮いた。ように皆には見えた。




