灯る篝火:02 児戯
「は? それらしい返信してくれたって言ってたよな?」
「したよぉ、明かせるギリギリの線で状況説明して、二人ともちゃんと仕事してるって送っておいたんだけど……」
ナヴェットが就寝し、酒場で得た情報と領収書を受け取ったあと、シャラは憂鬱な情報をシュロに共有した。
「納得してもらえなかったのかなあ」
端的に言うと、いいから帰って来いと言うメッセージが実家から届いていたのだ。
「え? 仕事辞めて家を手伝えって意味じゃないよな?」
「分っかんない、分かんないけどともかく顔を出せって。交通費は家にツケてもいいとまで言ってる」
「かなり本気じゃねえか」
シャラの上にはさらに兄たちがいるので、「家を継げ」と言われる可能性はほ基本ない。
しかし本来はその兄たちを補佐することを期待されていたし、違う道を選ぶなら家業と同等以上の成果を示すべしと言うのが父の方針だ。
「真面目に仕事してないって勘違いされてるよね、きっと……」
「あまりに理不尽……」
シュロが卓上に顔を伏せながら、今日はもう開けないはずだった葡萄酒の栓をキュポンと開ける。
シャラはまだいい。いや全くもって良くはないのだが、それでも万が一帰ることになっても、それなりに出来ることは見つけられるだろう。
問題はシュロだ。家業への適性がまるでないのだ。
適性がない者をお情けで家に置いておくような父ではない。するとどうなるか。この、喋らずに(そして呑まずに)座ってさえいれば誰もが目を奪われるであろう、月光の結晶の如き美貌の末娘にどのような「貢献」の仕方が求められるかは……想像に難くない。
「無視する……のは無理だよな……」
「叔父貴あたりが差し向けられるんじゃないの、地獄の果てまで追われるよ」
「だよなあ……」
重い沈黙が部屋を満たし、しばらくシュロが酒を飲み下す音だけが時折響く。
「ともあれさ! どちらにせよやることは変わらないよ」
その空気を振り払うように、シャラは結論を出した。
「ナヴェットを連れて祭壇調べて、ナヴェットを長官の所に案内する。うん」
シュロが俯いているのをいいことに、シャラは自分のマグへ葡萄酒を勝手に注いで一気に飲み干す。
「ちゃんと片が付けば正規の業務だって説明する許可も出るだろうし。それでも納まらなかったら、仕方ないからついでに実家も寄ろう」
「なあこれ本当に正規の業務なんだよな?」
「やめてよそこから疑うの」
実は普通なら詳細報告の上で精算のはずの経費が、今回は報告不要の軍資金として事前に支払われていたりするのだ、それも相当の額で。
そのことはシュロには秘密にしているが、何かのしっぽ切りを目論まれているのではないかとシャラも危うく思っている。
「明日いったん、そんな感じで返信だけはしておくから」
「そうだな……」
シュロも力なくではあるが、顔を上げた。
「帰るのは気が進まないが……結局はそれしかないわけだよな」
疲れた笑いを浮かべながら自分のマグの残りを飲み干し……何かに気づいて眉をひそめる。
「おい。結局飲むならたまには自分で買って来いよ」
***
翌朝、馬車に乗る前に三人は街の聖堂に立ち寄って行くことにした。
「随分と慌ただしい様子ですね」
聖堂の敷地の入り口で、ナヴェットは辺りを見回す。
もう朝食の時間は過ぎただろうに厨房では火を使っている気配があり、中庭には大量の洗濯物がはためいている。
「昨日お話した祭壇破損の影響と思われますが、近隣ではここ数か月、突発的な嵐や暴風が頻発しているらしいのです」
「住まいが崩れたり、蓄えを失った人たちが救護院で一時的に暮らしています」
あえて感情を殺したような口調で、シャラとシュロが説明する。
昨日ナヴェットが「反動」と表現したものは、既に現実の生活に影を落としていた。
「人命に関わる事態が起きていないのが、不幸中の幸いではありますが」
「長引けばどうなるか」
敷地内には、普段は農作業をしていることが伺われる服装の人々が大勢いた。
薪割り、洗濯、菜園の手入れ等、各々に作業しているが、その表情は一様に暗い。
身体の無事は何物にも代えがたいが、それでも今年の収穫を失っては元の生活に戻る目処がしばらく立たないだろう。先の見えない不安が、重く立ちこめていた。
「何かできれば……と思ってしまいますが」
ナヴェットが歯を食いしばるような表情で呟く。
解決のためにこそ早く先を進むべきだと分かっていても、目の前にいる当事者を無視することは、精神を苛まれる。
「あっ! 行っちゃった!」
不意に、子どもの声が広場に響いた。その声と共に、コロコロと転がってきた輪っかがナヴェットの足に当たりパタンと倒れる。
「へたくそー!」
他の子どもらに野次られながら、幼い……ナヴェットよりさらに小さい子どもが走り寄ってきた。
「お姉ちゃんごめんね、石に当たっちゃってね、曲がっちゃったの」
もじもじと上目づかいをしながら謝っている。数人で古い樽のタガを転がし、追いかけて遊んでいた様子だ。
「もっと人が通らないところで遊んだ方がいいですよ」
倒れた輪を拾い上げて手渡しながら、ナヴェットは優しく微笑んだ。その表情に安心したのか、子どもも笑顔を見せる。
「ここに寝泊まりしているのですか?」
「うん、すっごい風が吹いてね、すごかったんだよ、グゴオヮォォァォォって。そしたらね、屋根が壊れちゃったの」
激しい身振りと音真似を交ぜながら、子どもが語る。しかしその顔は意外に悲壮感はない。
「早くおうちに帰れるといいですね」
「えぇ~? ここで遊ぶの楽しいよお?」
後ろの友達たちを振り返りながら、子どもは不思議そうな顔をした。
なるほど、今この瞬間の衣食住に困っていなければ、幼い子の認識はそんなものかもしれない。
「おっそーい 何してんのー?」
「だれー? 知ってるひと?」
いつまでも遊び道具が持ち帰られないことに痺れを切らし、他の子どもたちも集まってきてしまった。
「知らなぁい。お姉ちゃんたちもここに泊まるの?」
「いえ、旅の途中なので、お祈りだけしに来ました」
「えぇぇ、ここでお祈りするのぉ?」
ナヴェットの返答に、何故か子どもたちはキャッキャと囃すように騒ぎ始める。
「やめなよ、ここはもう『じゅうぶんだ』ってお父さんたち言ってたよ」
「ここでみんながお祈りしすぎたから、あたしたちの村は『たりなくなった』んでしょ?」
幼子のあまりにあけすけな言葉に、ナヴェットも、シャラもシュロも言葉を失う。




