灯る篝火:01 花篝
「いやお前ああなるって知ってたのか? 人数思ってたより多いし、まるで狙いすまされたみたいだ」
「まさか知らないって。でも、昨日シュロが遭遇した酒場での喧嘩って、本来これに乗るはずだった護衛が当事者だったって聞いたんだよね今朝。だから念のためにさ。何も起きなきゃそれに越したことはなかったんだけど」
なるほど。あれほど派手にかつ大勢に「馬車の護衛が怪我した」と知られれば、無防備な馬車を「狙い目」と思うような連中にも届くだろう。
「馬車が倒れるような事態に備えてウチも一応中で心構えしてたんだけど、無駄で済んだね。さっすがシュロ」
ちなみにシャラはそっとナヴェットの周りに防音だけは施していた。
「先に言えよ。ったく、いやな役目やらせやがって」
ため息を吐くシュロに、本当はシャラだって申し訳なく思っている。
シュロは相手が敵対者だろうと何だろうと、傷つける行いを好まない。
分かっていたが、ナヴェットがいる以上は馬車中で待機する人間が必要で、誰と同乗するか分からない状況においてそれはシュロにはもっと向かないと判断したのだ。
「まあまあ。なかなかの臨時収入になったでしょ? 半分よこせとか言わないからさ」
「やるわけないだろ」
「あナヴェット出てきた。ウチも今のうちに行ってくるわ、シュロもちゃんと済ませるんだよ」
ヒラヒラと手を振りながら去るシャラは、やはりいつも通りのような気もする。が。
「お嬢様、馬車の中で何かありました?」
シャラを指さしながら尋ねると、ナヴェットは驚いた顔でしばし黙った。
「すいません、分からないと言うか……何かが明確にあった等はないのですが……」
言って良いのだろうか。
シュロが知るのは問題ないだろうが、「ナヴェットがそれに気づいた」とシャラが知るのが、果たして良いことなのかナヴェットには迷いがあった。
「そうですか。気のせいですかね」
このナヴェットの反応が気のせいでないことを裏付けたが、ナヴェットが気に病みそうなのでシュロは話を切り上げた。
「あんちゃんさっきはありがとうな! ここの保安部には連絡しておいたわ。次の区間もよろしく頼む」
「っす」
調子のよい御者が離れた場所から手を振る。
ユラを察知するまでもないあの下品な目つきには辟易したが、まあ悪い奴ではないのだろう。さすがに次は座っているだけで済むと信じたい。
「次の宿場町に着いたら今日は泊まりです。馬車は馬車で疲れるでしょうが、もう一踏ん張りがんばってくださいね」
「はい、シュロもどうか無理なさいませんよう」
ナヴェットの多角的な心配がその一言に詰まっているのを感じる。
気持ちの良い行いではなかったが、馬車を守れて良かったとシュロは改めて思った。
***
「街の方、何か明るくありませんか?」
ナヴェットが不安そうな声を漏らした。
幸いその日の残りの走路はシュロが腕を振るう機会はなく、平穏に馬車は街道を走り抜けていた。
もうすぐ次の街に着こうかという頃合い、空が徐々に暗くなり始めたというのに、道の先が妙に明るく光っているように見える。何かが大規模に燃えているのではないか、そう思わせる明るさだ。
「この辺りでは、花篝が大規模化しているというレポ……噂を聞きましたので、恐らくその光でしょう」
ナヴェットと同じ方を窓から眺めながら、シャラが教えてくれる。
「花篝? あんな明るさになるのですか?」
「普通なら豊作の兆しとしてありがたがられるんだけどねえ」
同乗の婦人が困ったような顔で肩をすくめる。どうやら街の様子を知っていたらしい。
ユラの恵みが豊かな土地で、果樹の花などが青みがかった炎に包まれて見えることがある。実際に燃えているわけではなく熱もない、無害な光だ。花篝と呼ばれるその現象が見られると、その年のその樹には質の良い実が生ると言われている。
「これは、篝火というよりもはや炎上ですね」
馬車がその一帯の脇を通る際、その光の激しさにナヴェットは呆気にとられた。
「普段なら、花がチロチロと光って見える程度で、安らぐような美しさなんだがね」
夫人と共に座る紳士もため息をつく。
チロチロどころではない、樹の枝が燃えているかのようなメラメラと踊る光に果樹園は覆われている。
「直接の害はないと言ってもねえ。街の皆も不吉がっているよ」
「これだけ夜も明るいと、周りの作物への影響も心配で」
「収穫期になって食い詰めるような奴が出ないといいが」
「早く安心して眠れる世の中になって欲しいですね」
交互に不安を口にする夫婦に、シャラは目を伏せながら相づちをうった。
「花篝自体に害はなくとも、歪みの現れには違いありません」
宿にとった一室で、荷物をほどきながらシャラは真剣な顔をする。
「近隣に反動があるはずですね」
同じく真剣な表情で、ナヴェットは窓の外を見る。
「実はこの先にある地帯では、いくつかの祭壇で物理的な損傷まで起きているのです」
「それは大問題なのでは」
祭壇の根本的な構築技術は歴史の中で失われてしまっているため、大きな破損が発生した場合は封印するしかなくなってしまう。
「幸い、浅い箇所だったらしく工匠で修繕できたようなのですが、調整はまだ途上でしょう」
さすがにシュロの顔には疲労の色が濃い。半日ずっと気を張っていたのだから当然だ。
「順調に馬車が進めば明日の午後遅くには、祭壇が発見された山の麓の街に着きます」
「しかしあくまでも『順調に進めば』です。急ぐより慎重に進みましょう」
「……お二人に無理をさせる事態にならなければ良いのですが」
ナヴェットが心配そうに俯く。
「ご心配なさらず。ナヴェット様のことは私とシュロが必ずお守りいたします」
「ナヴェット様は祭壇に着いた後のことだけを考えていてください」
ナヴェットの心配は己のことではなかったのだが、二人の力強く優しい言葉に、ナヴェットはただうなずくしかなかった。




