羽ばたく水晶:02 護衛
「あんちゃん、その席は見張りも兼ねてるんだ。ちゃんと役目を果たしてくれないと」
「大丈夫っす、自分目はすごくいいんで」
隣に座る線の細い男を、御者はあまり良い思いで見ていなかった。
本来乗るはずだった護衛がつまらないことで怪我をしたらしく、護衛無しで走るか悩んでいたところに愛想の良い美人に声をかけられた。
活揺士だと言ってはいるが、うら若い女性をこんな危険な席に座らせるのは気が引ける。と言う理性と、こんな美人が隣に座ったら嬉しいと言う下心が戦い、結果下心が勝った。
しかし実際に隣に座ったのは弟らしきこの男だったと言う訳だ。
顔立ちは姉にそっくりだが、この仏頂面ではそれも台無しというもの。
せめて真面目に見張りをしてくれるならまだしも、先ほどから何やら手の中でこねくり回しているばかりで、ほとほと頼りない。
——ったく。最近はマジで危ないってのに呑気な
「お、それ活揺で使うって言う流体水晶かい?」
苛立つ御者の頭の後ろから、誰かが若者に声をかけた。屋根上席の客で、どこかの職人のような風体だ。
「……っす」
少し驚いたような顔をしながら、若者は手を広げて見せた。チラリと横目で見ると、透明な鉱石で作られた鳥の彫像のようだ。
「へぇーっ、見事なもんだ! オレはこの先の街で彫刻の仕事をしているんだがね、知り合いに活揺士がいてさ。たまに塑像のアドバイスとかしてやるんだけど、兄さんのはソイツのたぁまるで違うね。生きてるみたいだ」
「……恐縮っす」
褒められて照れている様子を見ると、可愛いところもあるじゃねえか、と思える。
いや顔はイイのだ最初から、何せあの美人と瓜二つなのだ。男にしておくのはもったいない、女だったら良かったのに、いやもう勝手に女と思えばいいのでは?
「うわマジでいやがる」
ふいに若者の視線がキッと険しくなり、御者は自分の無遠慮な視線に気づかれたのかと慌てたが、どうやら違うようだ。相手の視線は、自分ではなく遙か前方に向いている。
「旦那、あの大きな曲がり角の両脇に賊が潜んでる」
「は? この距離で見えるのか?」
確かにこの先は、水場の地形の関係できつめのカーブがある。
馬の速度を落とさざるを得ない地点な上に古い町の遺跡で見通しが悪く、要警戒ポイントの筆頭だ。しかし道の彼方に今ようやくその地点が見えたばかり距離で、人の有無が分かるなど俄には信じがたい。
「自分目はすごくいいんで」
先ほどと同じセリフを口にしながら、腰に下げた道具鞄から薄い紙を数枚取り出した。
いやよく見ると紙ではない。例えるなら植物の葉脈や蝶の翅脈のように、網目状に細々とした模様がつながった、金属質な一繋ぎの何かだ。
「想像より数が多いな。少し増やすか」
独り言を漏らしながら、妙な筆でその網目に何かを書き足している。
「旦那、奴らをしばらく足止めしますけど、少し音と光が大きくなるかもしれない。馬たちが驚いて暴れないように、構えておいてください」
「足止めって一人でどうやって」
多少忌々しく思っていた相手ではあるが、無茶なことをして怪我、もしくはそれ以上になることを望みはしない。
「大丈夫っす、慣れてるんで」
何にだよ、と訊きたいところだが確かに落ち着き払った態度は場慣れしている風を感じさせる。
完成したらしい葉脈様の何かを丸め、先ほど手にしていた鳥の像にグッと押し込む。硬質そうに見えた像はあっさりそれを飲み込み、まるで神経が透けて見えている鳥かのような見た目になった。
それを若者は左手の革手袋の甲に載せる。
「おおい、これから何か派手にやるってよ、落っこちないようにみんなしっかり掴まっとけー」
この先の想像がついているのか、彫刻職人がワクワクした様子で他の屋根上客に注意喚起をしている。
「馬たちをくれぐれも頼んます」
そう言いながら若者がすっと手を水平に払うと、先ほどまでただの物体だったはずの水晶が音もなく空に放たれた。風を切り、ハヤブサのように美しい弧を描いて。
「手綱をしっかり持って!」
若者が鋭く叫んだ瞬間、問題の地点にたどり着いた鳥が激しい光を発した。
二度、三度。
数秒の間の後、シュワシュワと切り裂くような音が同じく三度に分けて鳴り響いた。
屋根上客は騒然とし、馬たちは驚きいななく。御者は細かく手綱を操って、馬を落ち着かせようと苦心する。
「よしよし、大丈夫、大丈夫だ、怖くないよ、よしいい子だ、どうどう」
若者本人も馬を安心させるように声をかけている。人間相手の無愛想さからは想像もつかない優しい声音だ。
「よし、馬も落ち着きましたね。もう問題ないんで、普通に走り抜けてください」
理解が追いつかぬまま道を進み、鳥が光った地点に差し掛かる。
無意識に息を潜めつつ両脇を見ると、7~8人ほどの屈強な男たちが、痙攣しながら倒れていた。服に少し焦げ目があるが、大きな外傷や呼吸停止等はなさそうに見える。
「あれ。少し強かったか、やっぱ加減が難しいなこのやり方」
また独り言のように呟きながら軽く左手を上に差し出すと、先ほど放たれた水晶の鳥がその手に戻ってきた。ただし形はぐんにゃり溶けたように崩れかかっている。
「へぇーっそれ戻ってくるのかい」
「安くないんでコレ、工夫してます」
「腕がいいねえ兄ちゃん」
活揺を見慣れているとおぼしき彫刻職人だけが陽気だ。
御者も他の乗客も呆気にとられたまま何も言えないでいる。
——活揺士ってこんな感じなのか?
内心で舌を巻いていると、ふいに若者が真顔で御者に振り返った。
「旦那。もしコトが起きてそれを無事に解決したら別途報酬って聞いてるんすけど……こんな感じで良かったすか?」
***
次の宿場町に着き、馬の繋ぎ換えを待つ間、シュロは御者台から降りて体をぐっぐっと伸ばした。
臨時報酬はありがたいが、やはりああいうのは疲れる。
「あ……シュロお疲れさまです……」
馬車の中から降りてきたナヴェットは、今しがた起きたばかりの様子だ。あれなら外の騒動にも気づいていないだろう。
「お嬢様、今のうちにお手洗いへ」
ナヴェットに付き添うシャラの様子を見て、シュロはおやと訝しんだ。
他人に分かるような変化はないが……何かあったのだろうか。
「なかなか派手にやったじゃない」
しかしナヴェットを待つ間に囁いてきた顔は、いつも通りの兄にも見えた。




