羽ばたく水晶:01 乗合馬車
「忘れ物はありませんね?」
「シュロは乗らないのですか?」
シャラは隣に座ったが、シュロは馬車に入らず御者と話している。
「いえ、御者の隣に護衛として座ってもらうことにしました。マダムたちが物騒な話をしていたもので」
ちょうど護衛に急な欠員が出たと言う話を仕入れたシャラは、自分たちがその代わりをする対価として、シュロの運賃を無料にする取引をしたのだ。
相談なしに話をまとめられたシュロは一瞬不機嫌になったが、浮いた分を小遣いにして良いと告げると渋々の体でOKした。これで先日の散財分を補填できるだろう。
「護衛だなんて、シュロが危なくないのですか?」
「捕縛しようというわけではありませんし、馬車を無事に走らせるだけなら問題ないと思いますよ」
「確かにシュロならそうかもしれませんが……よく信用されましたね」
ユラが見えているなら、暗がりに潜む人間や動物を見つけて先手を打つなど造作もないことだろう。しかしそれを知らない人間から見れば、シュロもシャラも非力そうな若者にしか見えないはずだ。
二人とも腰に山刀を下げてはいるものの、明らかに野外を歩くための道具であり戦闘目的ではない。細腕でそれを振るったところで「護衛」と呼べる程の期待などできない、普通はそうとしか思わないはずだ。
しかしシャラはこともなげに笑う。
「活揺の心得があると言って、軽く風を動かして見せましたので」
そう言うシャラはいつの間にか左手に革手袋をはめており、指をひらひらとナヴェットに振って見せた。
***
広域の流れを整える行為を調揺と呼ぶことに対し、ユラを使って限定範囲に意図した現象を起こす行為は活揺と呼ばれる。
必要とされる場面や手順が大きく異なるが、根源的にはどちらも同じ理に基づいて成される行為である。しかし個人の適性や嗜好によって、どちらかのみに長けていく者が大半だ。
***
「人前でユラを操って見せたのですか?」
それはそれで、二人の立場を危うくするのではないか。ナヴェットは心配そうにシャラを見上げる。
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ、こういうときに備えて小道具の使い方もちゃんと学びましたから」
「小道具」
本職の活揺士がきいた聞いたら気を悪くしそうだ。
「まあ、何も起きないに越したことはありませんが念のためです」
次々と席は埋まっていき、馬車は出発の刻となった。
乗り込む前に買っておいたパイを昼食として食べながら、ナヴェットは窓の外に流れる景色を楽しそうに見つめていた。
「可愛いお嬢ちゃんね」
向かいの席に座る、初老の夫婦らしき乗り合い客の女性がその様子を見て目を細めた。
二人とも小綺麗な格好をしている。商人か何かだろう。
「遠くから来たのかい? この先は色々と妙なことが起きていて大変らしいよ。気をつけるといい」
「そのようですね。早く鎮まるといいのですが」
夫とおぼしき男性も会話に加わり、親切な忠告をしてくれた。何食わぬ顔でシャラが返す。
「国のお偉いさんや賢い学者連中がよってたかって調べているらしいんだがね。何がそんなに難しいのやら」
「何でも未知のタイプの祭壇らしいわよ。このご時世にまだ未発見のものが埋まっていたなんて、驚きね」
「せっかくなら今までにない恵みがあるとかならいいんだがねえ。良くない話ばかり耳に入る」
既に民間でもこれだけ知られているのだな、とシャラは注意深く話を聞いた。乗合馬車の車内席に乗るような層だ、普段から社会情勢にも敏感なのだろう。
「今はまだ小規模な被害で済んでいるようだが、これからどうなるのやら。またユナイフのような大災厄が起きないと良いが」
ユナイフの災厄。
その単語を聞いてシャラの表情がわずかに揺れたのにナヴェットは気づいた。
「もしかしてお嬢ちゃんは生まれていなんじゃない?」
「え。そうか、もうそんなに経つのか。10年……15年?いやもっと前か? それは酷いユラの暴発が起きてね」
「話は聞いたことがあります。ラウヂワとの国境付近で、一地域が壊滅状態になったとか」
相槌を打つナヴェットに、夫人は「小さいのに偉いわねえ」とまた相好を崩す。
「近隣の街にいた取引先に聞いた話は、そりゃあ凄惨ものだったよ。さすがに支援物資を用意したものだ」
「あの……お嬢様が怖がりますのでどうかその辺に……」
シャラにしては珍しい、やや強引な遮り方だとナヴェットは感じた。
「おっとすまなかった、年寄りはいかんね」
しかしその後のシャラはいつも通りのそつなさで、夫婦と談笑を続けていた。気のせいだっただろうか。
「お嬢様、次の駅までまだ時間があります。眠っても大丈夫ですよ。お起こししますから」
言われてみれば、いつもなら昼寝をしていておかしくない時間だった。馬車の揺れも相まって、気づくと急に眠くなってくる。
――シャラのこと、もっと見ていたいのに……
今日は眠りに抗いたい気持ちだったが、幼子の体力でそれは叶わなかった。
馬車の扉に寄りかかって丸くなる自分のポンチョの裾を、寒くないようにとシャラが整えてくれているのを感じながら、ナヴェットは眠りに落ちた。




