交わる糸:06 炭酸割
「ちょっと。いつまで泣いてんの」
「泣いてない」
夜、そう言うシュロの手に握られているのはやはり強めの蒸留酒ではあったが、昨日と違って炭酸水で割られていた。
「炭酸水なんてどこで手に入れてたの? まあいいや、ウチにも一杯ちょうだい」
「まず昨日の割り勘分を払え」
「さすがに半分ってことはないでしょ、三割くらいで」
今朝片づけた瓶の本数からだいたいの金額のアタリをつけて、現金を渡した。しかしシュロはその額に不服そうだ。
「いや足りんわ、半分払え」
「えーシュロほどは飲んでないって。じゃあはい、今日のツマミはウチが出すから」
卓上の皿にドライフルーツとナッツ類をザザッと広げる。
「これナヴェットのおやつにしている残りじゃねえの? 経費で買ってるんだろ、横領じゃね?」
「毎日同じものじゃ飽きちゃうかと思って、新しいの買ったからね。不要になった物資の有効活用ですよ」
「ほんとお前……」
それなら「ウチが出す」って何だ、とは思うもののシュロは諦めてシャラのマグに一杯注いでやった。
「プッハ 今日の酒は美味いねえ。で、午後はどんな様子だった?」
三分の一ほど一気に飲み干して、乾燥イチジクをかじりながら本題に入る。
結局午後になっても雨脚は強いままだったので聖堂へはシャラだけで向かい、シュロにはナヴェットに付き添って留守番してもらっていたのだ。
「聞いたら泣くぞ」
「何それ」
「シャラが雑にまとめてた上着の脇の緩み、縫い直していいか訊かれたから是非にって言っておいた」
「炭酸が目に沁みた」
シャラは思わず目頭を押さえた。
「ついでに針道具を整頓してくれてた。後で見てみ、糸とかすんごい綺麗に巻きなおしてたから」
「それなんでナヴェットが起きている間に教えてくれないの!? お礼言えなかったじゃない!」
「いやシャラに驚いて欲しそうだったから、ナヴェットが」
「じゃあ秘密にしといてよ」
「言わないとシャラずっと気付かないかもしれんと思って」
反論しづらいところだ。
「もう、シュロが『時々取引してる』とか言うからでしょ。どうすんのコレに釣り合うご褒美とかある?」
なおシュロの言う「取引」は大抵の場合、書類仕事の肩代わりか酒類の提供だ。しかしナヴェットが何を望んでいるのか、推し測るのは容易でない。
「とりあえず、ビーズが欲しいって言われたから適当な革と木で削ってあげといた」
「ビーズ? へえ、意外だね」
シュロなら端材から器用に作ってあげたことだろう。簡単な文様を彫ったり、化粧用に持ち歩いている染料で多少の彩色もしてあげたかもしれない。
「だからシャラは代わりにウチに礼をしてくれ」
「いやそれは違うと思う」
シャラだって直接ナヴェットにお礼をしたい。
「まあいいや、他は? よその宿の酒場行ってきたんでしょ?」
「雨で足止め食ってる連中から何か聞けるかと思ったんだけどな。思ったより目新しい情報なかったわ。挙げ句に喧嘩おっ始めるバカがいて、今日は早々に引き上げた」
だから領収書を渡してこないのか、とシャラは納得した。
隙あらばと言う姿勢がありつつも、変な所が真面目なのだ。
「そっちはどうだった? 聖堂の方は」
「今日はさすがに皆来てなかったね。でも常駐さんに会えたよ。ぽやっとして危なっかしい感じはしたけど、腕は悪くなさそうだった」
シャラがそう言うのなら、多少のことでこの街が危機に陥ることはないだろう。シュロも安心して炭酸割を呷る。
「道中の村の状況とかも共有して、一応ここからも報告上げておいてもらうようお願いしておいた」
「ひとまずそっちは安心できそうだな。で、あっちはどうだった?」
「あっち?」
「親父たちに返信してくれたんだよな?」
シャラが一気にげっそりした表情に変わる。
「うん…… した、うん。返信したよ」
「その、お疲れ様……」
その表情から苦悩の跡がありありと感じられた。
「うっ せっかくナヴェットの話聞いて、良い気持ちで寝れるかと思っていたのに!」
「今聞くんじゃなかったな、悪かった」
頭を抱えて嘆くシャラに、シュロは追加で蒸留酒と炭酸を足してやった。
「しかしナヴェットと言えばだ」
シュロはふと、気にかかることを思い出した。
「あれだけ針仕事も気遣いもできて、恐ろしく博識な子が『不器用で皆の役に立てない』って何なんだ?」
初日のナヴェットが表情を翳らせて語っていた内容だ。
しかしあれだけ器用に手先を動かし整頓もできるなら、他の日常仕事が壊滅的とは考えにくい。祭事の準備もそつなくこなすだろう。
「確かに体力はないけど、年相応だよな?」
「身のこなしもすごく軽かったし、むしろ何ができないのって感じだよね」
言われてシャラも考え込む。
「その里で言う『役に立つ』って……何?」
二人はいつの間にか真剣な表情で見つめ合っていた。
しかし唐突にシャラがその目を逸らす。
「あー駄目だ余計なこと考えそう。やめよ、今日はさすがに寝よう。明日は馬車に乗れるだろうしさ」
一回グッと身を伸ばしてから、マグの残りを飲み干す。
「シュロもお酒に散財するの程々にね。ウチら免職の危機なんだから」
「こんなに献身的に仕事して失業の危機は納得いかん……」
手を延ばしかけた酒瓶は、シャラによって栓をされ厳重にしまいこまれた。




