交わる糸:03 成人飾り
「あらそうよね! せっかく旅の方がいらっしゃるのだもの、糸を交えてもらいましょ」
「私で……よろしいのですか?」
先ほど成人の祝いがあると言っていた気がするが、その当事者だろうか。ちょうどそれくらいの年頃に見える少女が、装身用の帯らしきものをナヴェットに差し出していた。
「成人祝いで使われる飾りですよね?」
「あらよく知ってるわね、偉いわぁ」
「この子はさっきのエニシダちゃんの妹なんだけど、もうすぐ十六でね。次の満月にお祝いするの」
「もうこの髪留めで最後だったわよね? 間に合いそうで良かったわぁ」
一つ言葉を発すれば、何倍もの情報が返ってくる。
「お祝いの刺繍は、できるだけ、多くの人に糸を刺してもらうと良い、と言われているの」
周囲の喧噪に負けないよう、懸命に少女が説明してくれる。
「街の皆さんにも刺してもらったのだけど、旅人さんにも刺してもらえたら嬉しいなって…… あの、ご迷惑だったらごめんなさい」
「迷惑なんてとんでもないです!」
ナヴェットが帯を受け取ると、少女はホッとした顔を見せた。
クロスステッチで「X」型になる予定の縫い目が、一針分の「/」状態で一列並んでいる。それぞれに逆向きの針を入れ、X型を仕上げていくのだろう。
「ここで良いですか?」
場所を確かめてから慎重に針を刺し、引き抜き、裏からもう一度刺して引き抜く。ナヴェットにとって針仕事自体は手慣れたものであったが、このような共同作業は初めてで手が少し震えた。
「ありがとう! あの、よろしければお姉さんたちも……お願いしていいですか?」
「お若い方の門出の彩りの一助になれるとは、なんと光栄なことでしょう。この針は、女性限定で刺すべきものですか?」
「大丈夫よぉ、これは多くの人と縁をつなぐための縁起ものだからね。良ければお連れの男前さんにも刺してもらってちょうだい」
嘘を吐かないまま話をかわすのが本当に上手いな、とナヴェットは内心でまた感心する。
あれで男子禁制と回答されたらどう対応していたのか少し気になったが、ともあれ執務室にいたシュロも引っ張り出された。各自で一刺しずつ、合計3目分が縫い進められた。
「こんな綺麗な人たちと糸を交わせて、本当に良かったねえ」
「うん!」
少女が心底嬉しいと言う表情で、三人が刺した縫い目をそっと指先で撫でる。
「成人飾りの糸を交わした相手とは、その後の人生もずっと、糸がユラをつなげてくれるのだと言われております」
いつの間にか傍らに立っていたエニシダが説明してくれる。
ナヴェットも、知っていた。この風習とその意図の、知識は持っていた。
「えっと、遠くからきたお嬢さん、私はあなたと糸を交わせたことが、本当に嬉しい。本当にありがとう。きっとまた遠くに帰るんだと思うけど、つながった縁はずっと糸が守ってくれるよ」
でも、その輪に自分が加わることは、思い描いたことがなかった。
「見たことのない土地に、私のユラがつながっているんだと思うと、すごくワクワクする!」
その結果こんな気持ちが湧き上がるだなんて、全く知らなかった。
主婦たちは口々に、自分の時は誰と糸を交わした、自分は誰とだ、その人は今どうしている、そういえばこの間……と話に花を咲かせていたが、ナヴェットはその後しばらく何も話すことができないでした。
「さて、私たちはそろそろお暇いたします。素晴らしい機会をありがとうございました。お嬢様がこの地に縁ができたことを、私たちも嬉しく思います。」
シュロが礼を述べながら肩に手を置いたことで、ナヴェットは自分が放心していたことに気づいた。
「かけがえのない経験ができました、ありがとうございました。この地の水と風がよく揺すられるよう、心から祈ります」
ナヴェットも深々と挨拶をして、三人は会館を辞した。
「良い経験ができましたね、ナヴェット様」
雨を抜け、宿に戻るまで無言だったナヴェットに、シャラがそっと声をかけた。
「はい……眩しかったですね」
「祝いは満月の日と言ってましたね。残念ながらさすがに当日まで滞在するのは難しそうです」
空を見上げながら、申し訳なさそうにシュロが言う。この後のだいたいの天候の流れが読み取れるのだろう。
「目的のある旅ですから、もちろんそれが最優先です」
二人に気を遣わせていることに気づき、ナヴェットも微笑んで見せた。が、ちょっとわざとらしかったかもしれない。シャラもシュロも、痛ましそうにナヴェットを見つめたままだった。
「あの……すいません、自分でも何に驚いているのか、よく分かっていなくて…… きっとお二人にご心配していただくようなことではないのです。もうちょっと、自分で考えてみます」
何も言わない方が心配をかけるようなので、ナヴェットはまとまらないままの思いを二人に伝えた。
「そうですね、今日はきっとお疲れでしょう。葡萄酒も飲みましたし、早めに休みましょうか」
この二人は無理に話を引き出そうとせず、黙って見守ってくれる。
その優しい距離感が、ナヴェットの心に暖かく沁み入った。




