交わる糸:02 会館
「ありがとうございました、祈りの一時を得ることができました」
シュロが杯を片づけ終わったのを見計らって、シャラが奥に再び声をかける。
「これは少しばかりですが、ご用にお役立てください」
「恐れ入ります、謹んで頂戴いたします」
先程祭壇に捧げた硬貨と、葡萄酒の残ったボトルを奥から出てきた女性に手渡す。
相手が驚いたり辞退しようとする様子もないので、これが慣例通りのやり方なのだとナヴェットは理解した。
「この街には通信の中継基地があると伺いました。波を拾える場所を知りたいのですが」
「それでしたら、隣の会館をご利用ください。広間は少々にぎわっているかもしれませんが、執務室を使っていただいて結構ですよ」
ちょうど聖堂での用事が片づいたところらしく、蝋燭の火を消して会館まで案内してくれることとなった。
「こういう街の会館は大抵、中央から派遣される常駐調揺士の住居も兼ねるのですが、同時に街の集会所の役割も担うのが一般的です」
シャラが歩きながらナヴェットに解説してくれる。
「旅の方と仰いましたね。お嬢さんはこのような場所は初めてですか?」
前を歩く女性が振り返り、ナヴェットに向かって微笑む。
「はい、書物で見るばかりでしたので、実際に訪れることができて嬉しいです」
「失礼ながら、この聖堂の調揺を担当なさっているのは貴姉ですか?」
ナヴェットにあまり喋らせ過ぎないようにだろう、シャラが話をすべりこませた。
「いえ私はこの街の者でして、祭司様の身の回りのご用や聖堂の管理などをお手伝いしているだけです。もうすぐ街の祝いがありますもので、祭具等の手入れをしておりました」
「それは忙しい時分に失礼いたしました」
「いえいえ、旅の方は風を良く揺するもの。いつでも歓迎です」
この地域では旅人は吉兆と見なされるのでありがたい。
会館の扉を開けると、事前に聞いていた通り広間は人々で賑わっていた。
基本的には近隣の主婦なのだろう、糸を紡いだり針仕事をしながら、おしゃべりに興じている。
「奥の脇が執務室です。今は祭司様はお留守ですが、どうぞご自由にお使いください」
「あらエニシダ、今日もお手伝いに来てくれてたのね、お疲れさま。そちらはお客様?」
「あらまあ別嬪さんと男前が、可愛いお嬢ちゃん連れて!」
「旅の方? こんな時にいらっしゃるなんて縁起が良いわ、是非ゆっくりしてらしてね」
口々に話しかけられ、ナヴェットは気圧されて口を開けずにいたが、さすがにシャラとシュロは旅慣れている。にっこりと親しげな表情を作り、軽く挨拶をする。
「お取り込みのところ失礼いたします。見聞を広めに各地を回っている旅の者です」
「少しの間、屋根をお借りいたしますね。この地の水と風がよく揺すられますように」
最後の一言はこの地でよく使われる敬意の表現であることを、ナヴェットは知識では知っていた。
なるほど、こうした流れで使うのだなと興味深く聞く。
執務室で二人が携帯端末を広げている間、ナヴェットは棚に並ぶ背表紙たちを眺めていた。
「可愛いお嬢ちゃん、お菓子はいかが? 暖かいお茶もあるよ」
そんなナヴェットを退屈そうと思ったのだろう、針を動かしていた女性の一人が手招きしながら声をかけてくれた。
ナヴェットはどうしたものかとシャラたちを振り返る。シャラとシュロは軽く目で会話してうなずき合い、シャラだけが執務室から出てきた。ナヴェットを一人で交じらせるのは危険だが、頑なに拒むのも不自然だと考えたのだろう。
「ありがとうございます。いただきましょう、お嬢様」
「あらお嬢様だって! 良いおうちの子なんだねえ」
「どこから来たの? 旅はつらくない?」
「飲むのはお茶で良い? 甘いお菓子としょっぱいお菓子、どちらが好きかしら」
怒濤の勢いで撃ち出される質問に、ナヴェットは全く答える隙を見いだせないでいたが、いったいどうやって間を掴むのかシャラはしっかり流れに乗って会話をしている。
「あらーそんな遠くから来たの! 小さいのに偉いわねえ」
「お二人は調揺士様ですって、すごいわぁ立派ねえ。うちの子にも見習わせたいわぁ」
「この街にはいつまで? もうすぐ成人のお祝いがあるのよ、よろしければ見てってくださいな」
「せっかく旅人さんがいらしたのに、あいにくの雨だわねえ。この季節には珍しいんだけど」
「でも今年は雨が少なすぎたからね、このまま夏になったらどうなるかと思っていたよ。ようやくのお湿りでありがたいったら」
「そういえば一昨日あたりから魚の水揚げも戻ったってね」
会話の端々に、意味ある情報が潜んでいる気がする。しかしナヴェットの経験ではそれを適切に拾う処理スピードが伴わない。
「あの、良ければ一針、お願いして良いかな?」
流れに翻弄されて宙に浮いていたナヴェットの精神を、傍らからの声が現に引き戻した。
見ると、刺しかけの刺繍のようだった。




