交わる糸:01 聖堂
「この街では街中の聖堂に祭壇が設えられております」
その後三つほどの村を越えて、大きな街道との合流地点の街までたどり着いた。
道中は順調で、シャラとシュロは祭壇があれば奉納に立ち寄っていたが、初日のような手順改修を含む大規模祭儀が必要になることはなく、簡単な奉納程度で済んでいた。
「人が多い……大きな街ですね」
ナヴェットは街の喧噪に圧倒されている。
「はい、ここなら中継基地もあるはずです。久々に遠隔地の情報が拾えます」
「この後天気が荒れそうですね。ここからは乗合馬車に乗る予定でしたが、少なくとも今日明日は見送った方が良さそうです」
空の様子を見上げながら、シュロが眉をひそめた。
馬車そのものは多少の雨でも走るが、道中のトラブルの可能性は格段に増える。子どものいる旅でそんな無茶はしたくない。
「荒れる前にたどり着けて良かった。早めに宿をとりましょう」
果たしてシュロの見立てどおり、宿をとって荷物を解いた頃には辺りに激しい雨が降り始めていた。同じく危険を避けたであろう旅客たちが次々に宿を求め、宿は見る間に満室になっていく。
ナヴェットが昼寝をしている間に、シャラとシュロは報告書作成やら消耗品の補給などを済ませた。数日の間に出来上がったリズムだ。
「私はひとまず聖堂の様子を見に行きますが、ナヴェット様はどうしますか? 宿でお待ちになるならシュロを置いていきますが」
目覚めたナヴェットのために茶を淹れながら、シャラが問いかける。
「いえ、私も聖堂を見てみたいので、ご一緒させてください」
***
行き来をすることを見越して宿は聖堂近くのエリアでとったので、それほど濡れずに聖堂へ着くことができた。
「ごめんください。旅の者なのですが、祭壇での祈祷は受け付けておられますでしょうか」
入り口でシャラが声を上げると、年若い女性が奥から顔を出した。
「まあ雨の中ようこそおいでくださいました。お祈りはどなたでも歓迎しております、どうぞ中へ」
二人を真似てナヴェットも女性へ礼をしてから、聖堂の奥へ進む。
ここに来るまでの祭壇はいずれも自然の中に佇んでいたので、建物の中で人に見守られていることが新鮮に感じられた。
「私は奥で少々用事を片付けておりますので、どうぞご自由にお祈りください。お帰りの際に一言おかけいただければ」
女性はにこやかに案内をしながら祭壇の蝋燭に火を灯し、奥へ戻った。
「今まで見てきた祭壇よりも、時代が新しいですね。サルワトルの系譜でしょうか」
「はい、この地方で一定以上の規模の街は、この系譜が多いです。こうして屋内にあることがほとんどですね」
「エノシガイオスに比べると制御力は控えめですが、人の暮らしに寄り添いやすい細やかな流れを生むのでしたよね。だから街中に残りやすいのでしょうか」
「素晴らしいですね、ナヴェット様。その通りです」
こう言うときのシャラの表情は、殊更明るい。知識を共有できる者との会話が好きなのだろう。
「案の定手入れが行き届いているようですし、供物だけで済ませましょうか」
「あら、それは残念です」
道中の祭壇では、簡単なものと言いながら二人が歌舞を奉納しており、ナヴェットはそれを見るのが好きだった。しかし、ここでそれは目立ちすぎると言うのも理解できる。
残念がるナヴェットに「またいずれ」と約束しながら、二人は葡萄酒を注いだ杯と無発酵パン、そして入り口で水で濯いでおいた硬貨を祭壇に並べた。
「貨幣もですか? 貨幣にユラは宿らないと思っておりましたが」
「これはユラの為ではなく、この施設の管理者への心遣いの意味合いが強いですね」
「なるほど……勉強になります」
二人が祈りの姿勢をとってしばし瞑想するのにナヴェットも倣う。
祭儀と呼ぶほどではないこうした日常的な奉納は、ユラに多少の活性化を促す効果がある。
それは調揺士に限らず誰でも行えるもので、積み重なって祭壇の安定に小さくない貢献をする。ただし、結果としてどれだけの活性化を呼ぶかは個人差が大きい。
シャラとシュロの場合は、自分の体内から発散されるユラを供物に共鳴させるイメージで祈るのだと言う。
観測用レンズを通してナヴェットには、供物を介してそれが祭壇に響く様が認識できる。
二人の祈りによって起きるユラの波は、他の人間によるものと全く違った。普通はぼんやりとした指向性のない伝達なのだが、二人の祈りで発生するユラは明確な輪郭と意思を感じさせた。
「問題なさそうです。片づけましょうか」
シュロの声でナヴェットは顔を上げた。
「屋内に祭壇がある場合は特にですが、サルワトル系譜では飲食物の供物は自分自身で飲み込んでしまうことが好まれます」
「その場合は子どもでも葡萄酒を口にすることがありますが……ナヴェット様いかがされます?」
「いただきたいです。里でも祭儀の際はお酒をいただいていましたから」
では、とシャラは一口大にちぎったパンを葡萄酒にひたし、ナヴェットに手渡す。同じく自分も一口食べてから、杯ごとシュロに回した。
「飲み干すのはいいけど、継ぎ足しちゃ駄目だからね」
「そんなことせんわ」
小声で釘を差した声は、雨音のカーテンに遮られてナヴェットの耳には届いていない。開けたまま傍らに置かれていた葡萄酒のボトルに、シャラが栓をする。
「このように静かに行われるものも、また趣がありますね」
二人のやりとりに気づかぬまま、ナヴェットは静謐な空間を味わうように天井を見上げている。
「はい、これはこれで私たちも好きです」
「恒例祭儀ではきっと街中の人がもっと集まって、音楽なども奉じられると思いますよ」
「まあ! 見てみたかったです」
「そうですね、いつか機会があれば是非お見せしたいです」
優しい顔を見上げながら、ナヴェットはほんの少し胸につかえを感じていた。その「いつか」は、自分がこの地にいられる間に訪れるだろうか。




