第1話 愛の女神とメリーさん
「あ、アイ……?」
覚えたての新しい言語でも使ってる?
フリーズした思考、狭くて小汚い公衆電話の中。
それでも与えられた情報を反芻しようと、メリーさんは彼女の肩書を復唱する。
「あ驚いちゃったわよね!わかるわ。だって私とお話する子たちは皆同じ反応を――」
時が止まった。
受話器の向こうからは何の感情も伝わってこない。否――そこにあるのは僅かな悲しみ。
(いいえ、きっとこの感情は懐かしさ……そして深い寂しさ)
幽霊電話とはよく言ったものだ。
これは相手を知っていること、携帯のような媒介を持っていること。この二つを条件にどこにいても掛けることのできる念波のようなモノ。
それは相手の精神に干渉できるメリーさんの権能だ。
無論、人間界の若輩怪異であるメリーさんのその力は小さい。もし本当にアヴロースと名乗った彼女が女神なのであれば、感情を読み取るのは至難の業だろう。
それでもメリーさんは確信した。
今自分が触れた感情は人のそれではないと。そしてその名の通り、溢れんばかりの優しさと穏やかさを湛えた彼女は愛の女神なのだと。
「大丈夫ですか?」
「へっ……?」
気づけば口が動いていた。
本当は少し迷ったのだ。確信はあったが確証はない。思い浮かべた相手の携帯を持っている不信な女性に気を遣うべきなのかと。
だが、生前から変わらない彼女の良心がそれらの疑念を振り払った。
返ってきたのは呆けた声。
その後には小さな笑いが聞こえた気がした。
「お話の途中でごめんなさい。安心して。それでこの電話の持ち主に何の御用かしら?」
アヴロースは先程までと変わらぬ明るい声で問いかけた。
メリーさんは緊張した面持ちで言葉を返す。
「私、彼に伝えたいんです――ありがとうって」
ありがとうございました




