第4話
可愛らしい小さな王子様が、水色の布団をかぶって、気持ちよさそうに眠っている。つい30分前までは泣きじゃくっていたのに、今は落ち着き、可愛らしい寝息を立てている。そんな、ちょっと我儘な王子様、類以のことを横目に見ながら、百井は使い込んだ椅子に浅く腰掛け、カラーペンの滲んだ跡が残っている机の上で、類以へ向けて、そして両親へ向けての手紙をしたためていく。
― 類以へ
3さいのおたんじょうび、おめでとう
ここまで元気に育ってくれて、ありがとう。ママにいろんな表情をみせてくれて、ありがとう。類以と過ごした毎日は、ママにとって宝物です。
類以は、自分の名前は好きかな? 名前を考えたのは、パパの大志さんです。気に入ってくれていたら、嬉しいな。名前にもある通り、責任感を強く持って、仲間に恵まれた人生を送ってね。
類以のこと、これまでも、これからも、ずっとずっと大好きだよ。
最後に、類以にママから伝えなければならないことがあります。
ママは、3年前の5月17日、産まれたばかりの、あなたを捨てました。
母親として失格です。こんなママでごめんなさい。お父さんに会わせてあげられなくて、ごめんなさい。一生許さなくていいからね。今日までありがとう。どうか、元気でいてね。
本当のママ、夢花より ―
― お父さん、お母さんへ
今から書く2つの内容は、全部私が犯したことです。
1つ目。私はある人物を殺害しました。その人物は、元夫の大志です。殺してから、とある山に埋めました。
2つ目。シェアハウスの住人たちに内緒で、実家に帰ってきたことです。
まず、大志についての話。現在、大志は行方不明という状態になっていると思いますが、行方不明者届が出される3日間にやったことだけ、伝えておきます。ただし、大志が埋まっている山の詳しい場所は教えません。教えたら探されてしまうし、協力してくれた大事な仲間のことを守るためです。どうかご理解ください。
大志を殺した動機は、子供を育てられないし、私のことをもう愛せないからって、離婚を要求してきたからです。大志が跡継ぎのことも考えて、息子が欲しいと言ってきたから私は類以のことを産んだのに、産まれたら、必要ないって言われたの。ムカつく理由、分からなくもないでしょ。
私は最初、大志と離婚するつもりも、類以を施設に預けるつもりも、全くなかった。でも、離婚するんだからここから出て行けって追いやられて、類以の面倒も一切見ないって言われたから、私は手紙とともに、類以のことを施設に預けに行きました。
今日も言った通り、預けた後のことは、私は本当に何も知らない。施設でどんな暮らしをしていたのかも分からない。類以を預けた当時は、一生会わないつもりでいた。だから、あまり干渉したくなかった。でも、誰がなんと言おうとも、類以は私の息子。やっぱりね、あるとき、突然どうしても類以に会いたくなって、それで私は施設隣のシェアハウスに引っ越したの。
家の中に入って驚いた。だって、あのとき私が置いて行った類以が、ひとまわり大きくなった姿で、そこにいたんだから。11か月ぶりに見る息子の顔は、お世辞抜きで本当にかわいかった。でも、どうしてここに類以がいるのか理解できなくて、類以の両親だって言う2人の男女に聞いたの。類以君は2人の子供ですか?って。そしたら、一瞬だけ表情を曇らせて、明らかに困惑してた。当たり前だよね、類以を産んだのは紛れもなく私なんだから。
でも、これで類以の居場所が分かった。もう離れたくはないから、できるだけ類以のそばにいてあげた。どうしても仕事とか、生活リズムの違いで会えないこともあったけどね、離れてても、ずっと類以のことだけを考え続けてた。いつ、私のところに帰ってきてくれるのかなって。
その思いが募っていったあるとき、類以の両親だって言う男女が、新しく家族が増えるから、類以を連れて新居に引っ越すっていう話を持ち出してきた。そんなこと、私の中では許せるはずもないから、必死になって止めたの。私の計画も崩れちゃうし、類以にも会えなくなるから。色々と理由つけて逃がさないようにしてた。それで、争いに勝ったの。嬉しかった。
それでね、結局その男女は引っ越しをしないまま、あの日を迎えた。その日、ちょうど住人全員が外出してたから、私は類以を連れて実家に帰ってきたの。それだけ。
でも、誰かに文句を言われる筋合いはないと思ってる。別にいいでしょ、だって類以は私の愛する息子なんだから。奪ったわけでもないし、連れ去ったわけでもない。一緒にお出かけしてるだけだから。
自分が産んだ子供を命がけで守ることって、親の任務でしょ? お母さん、昔そう言ってたでしょ? だから、私はその任務を果たしただけ。だから何も言わないで。
シェアハウスの住人が、今どこで何をしているのか、全く知りません。想像したくもありません。それに、一緒に暮らしていた住人の名前も、私の口からは絶対に明かしません。何かあったときでも、別に問題ないでしょ。だって、お父さんもお母さんも、私が住んでいたシェアハウスの名前を知ってるんだから。
私、住人たちに悪いことをしたとは全く思ってないから。
類以を育てなければならないことは分かっています。でも、ごめんなさい。やっぱり、こんな私に類以が育てられるはずがありません。子育てから逃げたいんです。お父さん、お母さん、私の代わりに類以のことを育ててください。
私から最後のお願いがあります。それは、私を探さないで、ということです。犯した事件について反省するつもりもないし、警察署に自首しに行くつもりもありません。通報もしないでください。約束を守らなければ、育ててくれた両親だろうと、関係ありません。一生をかけて恨み続けます。娘の勝手を、ご理解ください。
追伸 類以に宛てた手紙は、3歳の誕生日当日に渡してあげてください。よろしくお願いします。
夢花より ―
「類以へ」とオレンジ色の封筒にボールペンで書き入れて、シールで封をする。両親への手紙は封筒には入れなかった。そこまでする意味が分からなかったから。
今にも涙が溢れ出しそうになり、服の袖で拭う。いつになっても未練はなくならない。愛する息子を自らの手で捨ててしまったこと、そして子育てから逃げたことを、一生背負い続けなければならないのだろうと思った。
キラキラとした視界の中で、類以のもちもちとした頬にキスをして、静かに部屋の扉を閉めた。廊下の間接照明は、隅にある埃を目立たせる。
百井は目的地も決めないままに、愛用しているキャリーケースを引いて実家を出た。高く昇ったお月様は、嘲笑うように輝いている。空高く現れている北斗七星。久しぶりに夜空を見上げたな、と思っているとふいに涙が溢れてきて、頬を伝い、やがて地面に落ちていく。
百井は声を詰まらせて泣いた。そんな百井を心配しているかのように、野良猫がミャアと鳴き声を上げる。共鳴してくれているみたいだった。
その夜、類以は全編フルカラーの夢を見た。その内容は、愛する家族の物語だった。




